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舞台 「いとしの儚」 観劇レビュー 2021/03/06

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【写真引用元】
東京夜光公式Twitter
https://twitter.com/tokyoyako

公演タイトル:「いとしの儚」
劇団:東京夜光
劇場:ザ・スズナリ
作:横内謙介(劇団扉座)
演出:川名幸宏
出演:荒井敦史、藤間爽子、丸山港都、砂田桃子、新原武、三浦修平、草野峻平、笹本志穂、濱佑太朗、水越朋、七味まゆ味、市川しんぺー
公演期間:3/6〜3/14(東京)
上演時間:約110分
作品キーワード:恋愛、寓話、鬼、戯曲
個人評価:★★★★★★★★☆☆


2020年8月、コロナ禍と演劇人の暮らしを描いた舞台「BLACK OUT」が評価され話題になった旗揚げ3年目の新気鋭の劇団である東京夜光。今作は扉座の有名な戯曲である「いとしの儚」を演出の川名幸宏さんの元で再演された作品。
予想以上に面白かった作品だった。脚本が良いというのは勿論なのだが、キャスト陣の演技力が高かったからこそ脚本の良さも光った作品だと感じた。特に儚役の藤間爽子さんの演技がとても素晴らしかった。儚は最初は口の利き方が悪いお転婆娘が、寺に預けられてから上品な娘として成長していくのだが、そのギャップを見事に演じ分けられるって凄い。本当に観ていて飽きさせない演技で、藤間さんと主人公の鈴次郎役の荒井敦史さんの名演技によってあっという間の110分間の舞台だったという感覚。勿論、その他の役者の方も素晴らしかったのだが。
個人的には演出も凄く魅力的だった。全体的に(序盤は特に)アングラ劇っぽさを感じさせるテイストで、スズナリという小劇場だからこその演出が凄く舞台にハマっていた。個人的に好きだったのは、博打の時に登場する鈴の音を鳴らす賽子姫を演じた水越朋さんのダンスが素敵だった。またオープニングで青いすだれみたいのものが上がっていく演出や、月の光がとても格好良かった。
本当に東京夜光の舞台は次回も観たいと思うし、万人にオススメできる小劇場演劇作品だった。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419073


【鑑賞動機】

2020年8月の「BLACK OUT」というコロナ禍と演劇人の暮らしを描いた舞台が話題になって東京夜光という作品を知り、ずっと気になっていたから。扉座の戯曲というのもあって観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

博打では負け知らずの男鈴次郎(荒井敦史)がいた。彼はいつも賽子で丁か半かを賭ける博打に勝利して金を稼いでいた。博打に関して鈴次郎の右に出る者はいなかった。同じく博打に強いゾロ政(七味まゆみ)という女も、鈴次郎に出会うまでは負け知らずだったのだが彼に勝つことは出来なかった。

鈴次郎はある日、青鬼(丸山港都)と鬼シゲ(市川しんぺー)が墓場の死体から集めて鬼を作ろうとしている光景を目の当たりにする。そして鬼たちは墓場から赤子の死体を取出してかき集めた死体に入れ込むと、美しき女子の鬼が誕生した。鈴次郎はその女子のそばによって彼女を助けた。鬼たちはその女子の鬼を儚(藤間爽子)と名付け、彼女は100日後に人間になれるというが、100日経つ前に彼女を抱いてしまうと水になって消えてしまうと忠告をする。
鬼たちは去っていく。鈴次郎は残された儚という鬼を連れて一緒に暮らして彼女を育てることにする。

鈴次郎は儚をすくすくと育てていった。しかし、人に優しくされたことのない鈴次郎は口の利き方も良くなかったため、儚もその影響を受けて随分とお転婆で口の利き方の悪い女へと成長していった。
ある日、ホモ寺という寺から妙海(新原武)と三木松(三浦修平)という人物が現れ、鈴次郎、儚と遭遇する。口の利き方が悪く、ありがとうも言えない儚を見て、子供を育てるには環境が大事であると言う妙海が、儚を暫く寺で預かって育てようと提案する。しかし鈴次郎は儚とずっとそばにいたいと妙海の提案を受け入れないので、博打をしてもし妙海が勝ったら儚を寺で預けて育てるという約束をする。
妙海と博打をする鈴次郎だったが、いつもは賽子が丁半どちらの目が出るか読めるのだが、この時はまったく読めずに外してしまい、妙海との博打に負けてしまう。儚は妙海の寺に預けられて育てられることになり、鈴次郎はその後一人で暮らすことになる。
しかし、妙海に博打で負けてからの鈴次郎はまるで別人であるかのように博打に勝てなくなってしまっていた。街でいつも博打をする輩にも一回も勝てなくなり、次第に持ち金を失っていった。
ついには、鈴次郎の家に家賃請求を求める輩が現れ、ついには住まいも追い出されることになる。神に見放された。そう鈴次郎か考え、すべてのことに対してむしゃくしゃした態度を取っていた。

儚が生まれて49日が経った日、鈴次郎はホモ寺へ行って儚の様子を見に行った。儚はまるで別人のようにお淑やかで上品な女性になっていた。
鈴次郎は寺で食事を振る舞われた。礼儀作法を知らない鈴次郎は食べ方に対して儚に笑われると、食卓をひっくり返して怒ってしまい寺を出ていってしまう。
儚は自分も49日経って上品な女性へと成長したので、鈴次郎の後を追うように寺を後にする。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419073


鈴次郎は、街中の普段博打をする相手に博打をしかけるが、鈴次郎が賽子に細工をしていることがバレてしまい卑怯者と追い出されてしまう。追い出された先で青鬼、鬼シゲたちに出会い博打をするが鬼たちにも負けてしまう。
鬼たちにバカにされる声を聞いた鈴次郎はカッとなって鬼たちをボコボコに殴り倒してしまう。
その様子を見た儚が、鈴次郎を止める。儚は、鈴次郎が人に優しくされたことないから心ないことをしてしまうんだと言い、儚自身は鈴次郎のおかげで生きる希望を見いだせたと伝える。人の温かさを教えてくれたのは鈴次郎であり、鈴次郎は恩人として絶対に忘れないと言う。鈴次郎はそんな儚の言葉に心動かされる。
儚は立ち去る。

鈴次郎は、ゾロ政に再び博打の再戦を申し入れされた。鈴次郎はゾロ政に完敗。ゾロ政は自分の博打へのプライドを踏みにじった鈴次郎に対して、散々の仕返しをする。
一方、儚は港の旅館で働いていた。もうすぐ自分が生まれてから100日が経とうとしていた。
そして儚が生まれてから99日目の日、儚の勤める旅館に殿様(新原武)が現れる。殿様はこの旅館にたいそう美しい女官がいると聞いて、それ目当てでやってきた。その女官とは勿論儚のことであり、殿様は儚に一目惚れしてしまう。そして、儚は人間ではなく鬼であり、生まれて100日経つ前に抱かれてしまうと水になってしまうということも殿様に聞かせる。それを聞いた殿様はますます儚に興味を抱いて、今日彼女を抱いて水にしてしまおうと企む。
危機感を募らせた儚は、殿様から逃れようとしたが逃れることが出来なかった。

鈴次郎は儚が旅館で危ないことを察知した。鈴次郎は青鬼を呼び出すと、儚を殿様から助け出してほしいと依頼する。博打で勝負して勝ったら助け出してやると言う青鬼で、結局博打に負ける鈴次郎だったが、青鬼は鈴次郎が鬼になるという条件でなら助け出してやると言う。鈴次郎は鬼になることを受け入れ、鬼シゲに儚を助け出すようむかわせる。
鬼シゲは旅館に入り、儚を襲おうとしている殿様を成敗して儚を助ける。

儚と鈴次郎は再会する。鈴次郎は鬼との約束通り自分は鬼になってしまうから儚は人間となって幸せな家族を作って暮らすように言う。しかし儚は100日経つ前の鬼である自分を抱いてほしいと鈴次郎にお願いする。鈴次郎は水になってしまうからダメだというが、儚は鈴次郎に抱かれても自分は水にはならないと言う。
鈴次郎は儚を抱く。儚は水になることはなく、その代わり花になる。ここで物語が終了。

本当にこの戯曲は素晴らしいと思う。ものすごくおとぎ話のような話ではあるが、鈴次郎や儚にはしっかり感情移入できるような現実っぽさが存在する。
例えば、儚が寺に預けられる前までは口の利き方が悪い女だったのが、寺で育って上品になっていくあたりや、鈴次郎のある時から一向に博打に勝てなくなってしまってまるでスランプにでも陥ったかのように自分の存在意義が見いだせなくなり、狂ってしまうあたりは物凄く現実でも似たようなことが起こりうることだなと胸を打たれながら見ていた。
鬼というものが存在するからかもしれないが、アニメ「鬼滅の刃」を思い出す。鬼の彼女のために何かをする、そこには不器用かもしれないけど列記として愛情が存在する。その愛情を十分に感じさせるような見事な作品で、これは本当に多くの人に戯曲に触れてほしいと思った。
さすが扉座の脚本。横内謙介さんの脚本力、流石である。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419073


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

脚本も素晴らしかったのですが、それに匹敵するくらい東京夜光の川名さんの演出と彼が作る世界観も素晴らしかった。フライヤー、舞台装置、照明、音響、演出の順に見ていく。

まずはフライヤーだが、物凄く一昔前のビジュアルというか古めかしさみたいなものを感じさせるフライヤーだった。色合いも薄い青がベースとなっていてあまりカラフルでない配色が個人的には一昔前の雰囲気を感じさせられた。
また、トップ画の鈴次郎役を演じる荒井敦史さんと、儚役を演じる藤間爽子さんの色っぽい寄り添い方が非常にエモさを感じた。あまりここまでドアップに男女が寄り添うフライヤーって現代の日本の作品には見られないと思う。凄く攻めているなといった感覚。そのエモさが良いのかもしれない。(役者の方って恥ずかしくないのかな)

次に作品自体の世界観に入っていくが、まずは舞台装置なのだが、スズナリという小規模の劇場の良さを上手く引き出すような舞台美術が非常に印象的だった。
まず、上手下手には様々なガラクタが置かれており、劇中で使用される小道具もこちらから取り出されて使用される。
客入れ時は、舞台床一体に青いビニール紐のすだれみたいなものが敷かれており、まるで川が流れているかのような世界観だったのが、舞台が開演するとそのビニール紐が天井から吊られているワイヤーのようなもので天井へ引っ張られて、舞台後方にすだれのように垂れ下がるようになる箇所が印象的だった。
そのすだれを挟んで、すだれの手前が現実世界で起こること、すだれの向こうで鬼たちが人間の世界の様子を見ているという構図が凄く印象的だった。

次に照明だが、以前柿喰う客の「夜盲症」をスズナリで拝見した時も思ったのだが、スズナリという劇場は凄く色とりどりのカラフルな照明を吊ることのできる劇場だと思っていて、今作でも非常に色彩の強いカラフルな照明が印象的だった。
例えば、儚が旅館の女官として働き始めて踊りを披露するシーンの青や緑やらの照明や、物語序盤の鈴次郎が街中の人間に博打を仕掛けて勝ち続けるシーンのオレンジ色の照明や赤色の照明は記憶に残っている。
また、儚が誕生する時の薄青い月の照明や、儚と鈴次郎の2人のシーン、儚が鈴次郎に対して人の温かさを教えてくれたと話すシーンや、最後の儚が花になってしまうシーンの月光は凄く力強く2人を青白く照らしていて格好良かった。
あとは全体的にあの暗さが丁度良い、どのシーンもあまり明るくしすぎずに暗めに照明を照らして舞台作品を作っている辺りが好きで、そこがアングラ劇っぽさを感じたのかもしれない。

そして音響だが、まず客入れから開演する時の「ドーン」という音が凄く惹き込まれた。
一番印象に残っているのはやはりラストの儚が花になってしまうシーンだろうか。ピアノの優しい音楽が凄く素敵に感じられた。
あとは度々出てくるSEも迫力があった。鬼シゲが殿様を斬り殺すシーンの「シャキーン」という音など要所要所でSEが散りばめられて、音響に対する意識の高さも感じられた。

最後は演出部分、個人的に面白かった演出をピックアップしていく。
まずは、賽子姫の鈴を鳴らしながら舞うダンスの演出は凄く好きだった。特に面白いと感じたのは、鈴次郎が博打で勝てなくなって丁か半かどちらが出るか読めなくなってしまったときに、それを惑わすような鈴ではない音を出しながら踊る賽子姫が印象的で、ガラクタを押しながら「ブーブー」させたり、ハーモニカを吹きながら狂わせるあたりの演出が凄く好きだった。
次に、物凄くアングラ劇っぽいと感じた演出なのだが、カッパのような黒い服を着て数人が死体を演じる時のあのカクカクとした動きが凄く記憶に残っている。何を表現したかったのかは考察できなかったのだが、そういう意味不明な演出を上手く入れても何か心に引っかかって受け入れられるような作品作りができるのは素晴らしいと思う。
また、要所要所に小ネタを挟んで笑いを取るあたりが非常に作品に触れやすくしてくれている感じがして良かった。特に、殿様を退治する鬼シゲのシーンは、シリアスな展開にならずに滑稽に殿様を成敗する演出が好きだった。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419073


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

本当にキャスト陣の演技のレベルの高さに驚いた。これだけの演技をスズナリの小劇場で満喫出来たのは本当に幸せ。戯曲や演出も良かったのだが、110分間をあっという間に感じさせたのは、このキャストたちの演技の迫力に尽きると思う。
特に素晴らしかった役者について、ここでは触れていく。

まずは、主人公鈴次郎を演じた荒井敦史さん。ワタナベエンターテインメント所属の俳優で、私は拝見していないが2021年1月上演の「熱海殺人事件 ラストレジェンド」で木村伝兵衛役を味方良介さんとダブルキャストで演じられていたそう。
木村伝兵衛役をやっていたということが納得できるくらい、凄く熱量の感じられる迫力ある演技だった。
そして、この鈴次郎という役には物凄く感情移入しやすくて、妙海に博打で負けてからこの人は一回も博打で勝てていない。自分の取り柄だったものが、まるで神様に嫌われてしまったかのように振るわなくなってしまった。こういう経験て誰しもがあることだし、凄く共感できてしまうと思う。スランプに陥るというやつである。
その結果、世の中のすべてのことに苛立ちを感じて、儚を傷つけてしまったりする心境って物凄く普遍的だと思って素晴らしい役だと思った。だからこそ、自分の能力というか今できることに対して感謝する心って大事だとも思った。

次にヒロイン・儚役を演じた藤間爽子さん。荒井敦史さんもそうであるが、藤間爽子さんの演技を拝見するのは初めて。彼女は劇団阿佐ヶ谷スパイダーズ所属の女優で日本舞踊家としても知られている。
今作における彼女の演技は突出して素晴らしかった。個人的にこの女優を押したいポイントは4つほどある。
まず1つ目は、儚が誕生するところのシーンで物凄く色気を感じさせられる点である。彼女は横たわっているのだが、あの白い衣装をまとって眠りについて呻いている演技が凄く色気を感じさせる。こんな所観てよいのかと、男性は罪悪感を感じるくらいのもの。それを出せるって素晴らしい。
2つ目は、寺に預けられる前のお転婆な儚役のシーンの、あのわんぱくな感じ。あそこまで凛々しい女優が元気いっぱいな役を出来るのかと思うと、これはこれで別の魅力を感じた。
3つ目は寺で預けられてから上品になった儚役の演技。先ほどまでのわんぱくな姿からよくぞここまで役作りを変えられるなと。そのギャップに驚いた。本当に化け物みたいに多彩な演技が出来る役者だと思った。
そして4つ目は、鈴次郎に対して思いやりのある言葉をかける時の声。凄く透き通るような声でぐいぐいと台詞が心に入っていく。
本当に多彩な才能を持っている女優さんだと思った。今作品を観劇して一番の驚きだった。阿佐ヶ谷スパイダーズ、次回公演は観に行こう。

次に、ゾロ政役を演じた七味まゆ味さん。彼女は柿喰う客所属の女優で2020年11月に「夜盲症」で演技を観て以来2回目の拝見となる。
中屋敷法仁さんが以前、七味さんが役を演じると何でも化け物に見えてくるとおっしゃっていたが、正に今回もゾロ政は化け物に見えてならなかった。
七味さんの熱量も半端なかった。そしてとにかく七味さんが大声を出すとめちゃくちゃ迫力があって怖かった。でもそれがゾロ政役では丁度良くて、特に印象に残ったのは鈴次郎が博打に滅法弱くなってから再戦を仕掛けて、殺しにかかるシーンの迫力が凄まじい。あの鈴次郎でさえもタジタジさせる名演技が光った。

最後に、賽子姫を演じた水越朋さん。この方はやはり元々ダンサーの方だった。個人的にはあの賽子姫の存在と鈴の音と踊りが絶妙で好きだった。ただSEで鈴の音を流すのではなく、そういう役を作って鈴次郎を惑わす役として登場させるあたりが面白い。
そして、あの踊りが好き。体をきめ細かくくねらせながら鈴の音を鳴らす。凄く良い演出だった。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419073


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

この「いとしの儚」という戯曲は、劇団扉座の演出家である横内謙介さんによって書かれ、2002年に劇団扉座にて初演された。その時のタイトルは「HAKANA」というタイトルだったらしいが非常に高評価を受け、その後は小劇場演劇では勿論のこと、商業演劇においてもまた韓国においてもロングラン公演として上演された有名な作品である。
劇団扉座としても、2015年に「いとしの儚-100dayslove-」というタイトルで再演されている。とても人気にある作品である。

ここからは個人的な考察になってしまうのだが、なぜこの作品がここまで人気を博したかなのだが、2つポイントがあると思う。
一つはおとぎ話でよく出てくることなのだが、100日経つまでは抱きしめてはいけない、愛し合ってはいけないという「壁」というものが人々の共感を誘うんじゃないかということである。人魚姫とかも好きな王子様と人間となって結婚するには、声が出せなくなるなどの制約を魔女から与えられる。好きな人と一緒に過ごすには、それなりの制約というものが設けられるからこその苦しさみたいなものが、人々の共感をさそうのじゃないかと思っている。
例えば現実世界でも、好きな人と結婚したいけどその代わり犠牲にしなければならないことって結構あると思う。例えば自分の自由な時間かもしれないし、職業を変えることかもしれないし、そういう制約を乗り越えての好きな人と過ごす苦しさが、おとぎ話を通じて反映されているという点がある。

2つ目は、100日間抱きしめることを我慢しないと水になってしまうという、時間の制約があることである。人間、こうしたいという気持ちになったらすぐにでもそれをやりたいと思う生き物である。我慢するということはそれだけ負荷がかかる。そんな苦しさを感じられるからこそ、人々に共感してもらえるのではないかという点がある。

そして3つ目は、これは自分が物凄く観ていて苦しく共感した点なのだが、スランプというものがおとぎ話として組み込まれていることである。鈴次郎はずっと博打が強くてその強さに出しゃばっていたが、ある日から突然弱くなってしまって自分には取り柄がなくなって暴走してしまう。これは現実世界でもよくある話かと思う。
そこに鈴次郎という人間らしさを感じられるし、その苦しさが分かるからこそ物語に深く入り込みやすいのだと思う。

昨今、アニメ「鬼滅の刃」がヒットした。この作品がヒットしたのは、炭治郎が禰豆子という鬼にされた妹のためにハンデを背負いながら戦い続ける話だが、妹への思いというものが結果的に炭治郎を苦しい方向へ持って行かせているが、それでも禰豆子を助けたいという気持ちがあるからこそ、その人情に人々は惹かれるんじゃないかと思う。
「鬼滅の刃」にせよ、今作にせよ登場人物や状況は現代の日本とほど遠いが、そういった今の私達でも共感させられるようなシチュエーションが存在するからこそヒットするんじゃないかと思う。
個人的には「鬼滅の刃」が好きな人は、この「いとしの儚」にも心動かされるんじゃないかと思っている。
非常に素敵な作品なので、多くの人々に触れていただきたい作品である。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/news/419073

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