GIANT5


小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想した小説を書きました。
それが『絵de小説』

こんかいのイラスト提供は、
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。

https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/

https://twitter.com/nakagawatakao



GIANT5


 2匹が鼻先をツキあわせて、なにやらお話していました。

「さわるぐらいイイのにね」
 そう言ったのはタヌキのタヌヲです。

「ケッッ、イヤなヤロウさ」
 そう言ったのはキツネのコンタです。

 そこは山のおく、人間なんかは迷いこんでもたどりつけそうもない、深い深い深い森のなかです。

 2匹はいつものように、ウソジィのところへ向かっていました。その途中、仲間のタヌキチに出会ったのでした。
 タヌキチはあいさつもそこそこに「人間の巣所からぬんできたんだ」とじまん話を長々としたあげく、そのぬすできたモノを2匹に、それこそじまんげに、見せびらかせるだけ見せびらかせ、去っていったのでした。
 
 しかも、「お前らにはぁ、こぉんなことは、でっきゃしないだろうなぁ、あはっははははは」っという捨てセリフつきでした。

「でも、アレ、なにするモノなんだろうね」
「お前さん知らないのかい?」
「君は知っているのかい?」
「ほら、人間どもがたまに、川んとこの土っ原で、まっ白い木の実をなげたり、枝っきれでたたいたりして遊んでいるだろ?」
「あっ! そうか! 木の実を取るのに使ってるヤツだ!」
 タヌヲもときどき河川敷の草野球場で、人間たちが野球をやっているのは 見たことはありました。でも、遠くからしか見たことがなかったのですぐにわからなかったのです。

「ぬすんできたなんてカッコイイこと言ってたけど、どうせ人間が忘れてったのを拾ってきただけさ」
「そうかな?」
「カッコつけているだけさ」
 言われてみれば、タヌキチならそういうこともアルだろう、とタヌヲは思いました。

「そうだ、おいらたちもこれからぬすみに行こうじゃないか」
「アレをかい?」
「アレ以外なにがあるってんだい!」
「へへへ」
 タヌヲは笑ってごまかします。

「山の入り口んところに、人間の巣所があったよね。あそこがイイんじゃない?」
「よしっ!」
 そう言うとコンタはかけ出しました。
「まってよ!」
とタヌヲは追いかけます。
 
 
     *
 
 
「じゃあどうする?」
 はやくも、人間のお家についた2匹は、草かげから様子をうかがっていました。しぃんとしていて、タヌヲには人間がいるようには思えませんでした。と、言ってもお家はブロックベイにかこまれていて、屋根と玄関ぐらいしか見えていません。

「よしっ!」
 言うがはやいかタヌヲは人間のお家に向かって走り出しました。
「あっ! まてよ!」
「ははは、さっきのお返しだい」
 タヌヲはしきち内に入り、お家の周りを半周ほどし、窓が開いているのを見つけました。しかもちょうどいいことにゴミ箱があったので、それにひょいと飛びのると、そのまま窓からお家の中に入りこみました。

「まったくとんでもねぇやろうだよ」
 タヌヲについて入ってきたコンタは、あきれはてたような顔で言いました。

「ぼく人間の巣所に入るのなんてはじめてだ」
 タヌヲのむねはドキドキしています。そのドキドキはワクワクと言ったほうがあっているかもしれません。
「おいらもだ」
 2匹はクスクス笑います。

 2匹が入りこんだのは、どうやら台所のようでした。初めての世界に2匹はとりあえずキョロキョロしたり、クンクンにおいをかいだり、おいてあるモノをツンツンしたりしました。初めての世界にきょうみがつきません。

「どうやらココにはないみたいだね」
「うん、そうだね」
 2匹は台所から出て少し奥の部屋に入ります。

「わぁっ!」
 その部屋は仏間でした。驚いたのは仏壇にではなく、その近くに果物がおかれていたからです。
 リンゴにみかん、ぶどうにメロンとバナナ、2匹はバクバク食いちらかし、全部たいらげてしまいます。

「ふぅ、くったくった」
「このままひとねむりしたいね」
 2匹はゲラゲラ笑います。タヌヲとしては、このまま帰ってもいいぐらい満足していました。

 大人連中からは、人間は道具を使わないと何もできない、ひ弱でおろかでドウモウな連中なので、むやみに人間の住むんでいるようなところには、近づいてはいけないよ、などと言われていました。
けれど、こんなオイシイ思いをできるのなら、毎日近づきたいとすら思いました。

「おい」
 タヌヲは、コンタがそう言いながら鼻先を向けるのでそちらを見ました。
「あっ!」
 そこには小さな人間がいたのです。タヌヲはおどろいて飛びはねました。
「おちつきなぁって。人間じゃないって」
 コンタは笑いながらそう言います。
「そうなのかい?」
「あんなちっちゃい人間がいるもんかい。アレは……なんて言ったっけ? 忘れたけど、とにかく人間をうつしたもんだよ」
それは仏壇に飾られている、子供と大人の女性の写真でした。

「へぇ、そうなんだ」
 タヌヲは写真をマジマジとながめます。今にも動き出しそうです。たまに山の池にうつす自分の姿より、ずっとしっかりうつっています。
「あ、これ」
 子供のほうを見ていて、手に目的のグローブを持っていることに気づきました。

「この巣所にあるってことだな! 食べてる場合じゃねぇや!」
「うん!」
 2匹は顔をあわせてニヤリとしました。
「二手にわかれよう、おいらはあっち」
「じゃあボクこっち!」
 反射的にタヌヲはコンタと逆方に走り出します。ローカに出て手当たりしだいに部屋に入ってはグローブを探します。

 しかしそこはトイレだったりお風呂だったり、元の台所だったりしてグローブを見つけることができません。
 二階からはドタバタ走り回る足音は聞こえてきます。コンタより先に見つけたいタヌヲはあせりながら走り回ります。コンタは興奮しているようでなにやら叫んでいます。

 その内、ローカの行き当たりの部屋に入りました。
 そこは家主の書斎のようでした。カベをおおいつくすように置かれた本棚、大きな机の上は本やら筆記用具やら原稿用紙やらライトやらが、山のように積まれています。

「あっ!」
 机の上に飛び乗ると、そこに目的のグローブを発見したのです。

「ひょい!」
 とつぜん、コンタが部屋に入ってきたのでタヌヲは驚いて飛び上がってしまいます。

「にんひぇんがいた!」
「え? あっ、君も見つけたの、ボクも見つけたよ」
 コンタはグローブをくわています、そのまましゃべったせいでなんと言ったかよくわからなったのです。

「バカ! 人間がいたんだよ!」
 コンタはグローブをハナシて言いました。

「えっ!」
「逃げるぞ!」
「うん!」

 しかし、ドアの向こう、ローカを歩いてくる人間の足音が聞こえてきます。
 コンタはとりあえずドアをしめます。

「どうしよう!」
「そひょうだひょ!」
 コンタはグローブを再びくわえると、机に飛び乗り、
 ガッシャンァァァン!
 っと窓を突き破り、勢いよく外に飛び出しました。

「●★■!」
 ドアのすぐむこうから人間の驚いたような声がしました。

 もう、時間がありません。
 タヌヲもコンタに続いて外に飛び出しました、

 しかし、幸運の女神はコンタにはほほ笑みませんでした。
 勢いよく飛ぼうとしたその瞬間、机の上においてあった紙に足を滑らし、机から転げ落ちてしまったのです。

「♨☏✄! ♨☏✄!」
 人間がなにやらどなりながらドアを開けました。
 机のかげに隠れたタヌヲは泣きそうになりました。
 人間は愚かでひ弱でドウモウな連中だからです。

「♨☏✄♠☀……』
 われた窓を見た人間は呆然としたのか、歩みを止めました。
 ワクワクのドキドキはヤバいドキドキに変わっています。
 どうしていいやら、タヌヲにはなにも思いつきませんでした。

「……」
 ふと下を見ると、そこにはさきほどの少年がうつった写真がありました。どうやらタヌヲが机上から転げ落ちたとき、一緒に落ちたようです。
 人間が正気を取り戻したようで、部屋の中に入ってきます。もう、ぐずぐずしているヒマはありません。

「えぇぇい!」

 タヌヲはピョイと宙返りすると、なんと写真の少年に変化してしまいました。
そう、タヌヲは普通のタヌキではなく、化けタヌキ、コンタは化けキツネだったのです。
 けれど、タヌヲはまだまだ化けるのが上手ではありません。少年の姿ではありますが、尻尾はついたままだし、なにより野球のユニフォーム、胸の文字は本来なら【GIANTS】なのに【GIANT5】となっています。

「☯✿♦♟☠!」
 人間が何やら叫び、ドスドスと早足で向かってきて、少年に化けたタヌヲを見つけました。

 ギリギリでした。

 タヌヲはドキドキしながら人間を見上げます。
 見下ろす人間は、体を震わせ泣き出しました。
 そして、タヌヲ抱きしめ、さらに泣きました。
 人間はかいだことのない嫌な臭いがしました。
 そして誰か人間の名前を叫び続けていました。

 なんど呼ばれたところで、タヌヲには人間の言葉はわかりません。
「☮♠♜、♛֎◩」
 このまま握りつぶされるんじゃないかと思い、身をひねるとはなしてくれました。
「◩⨊▯▣▧▶◙ꕥ○◤◑◡◯⨂」

 人間はそう言うと、タヌヲの手をつかみ、引っ張って部屋を出て行こうとしました。2本足で歩くことになれていないタヌヲは、おぼつかない足取りでなんとかついて行きます。

 あいているほうの手には、ちゃっかりグローブをはめていました。

 2人は部屋をでて、家をでて、家裏にまわります。そこで人間はタヌヲから手を離し、少しはなれていきます。

「♬♪☆○♡!」
 そう言いながら、ボールをタヌヲに投げました。タヌヲは意味がわからずそれをただ見ていました。見よう見まねでボールをキャッチしようにも、タヌヲまでとどいていないのです。そう、まったくとどかず、人間とタヌヲの間におちてコロコロ転がります。

「✿✿✿✿、↩○∅」
 人間はテクテク歩いてくるとボールを拾い、元の位置に戻るとまた投げてきました。

それは、とてもやさしい投球でした。
「↩○∅↩○∅」
 人間は同じことを繰り返します。何度も何度も何度も。

 やさしく投げてくるボール。
何度続けられても、タヌヲはそれに答えることができませんでした。
ボールは何度投げてもタヌヲにはとどきません。
なにより、タヌヲはタヌキで、彼の息子ではなかったからです。
人間はただ、同じことを繰り返します。

何度も繰り返すほど面白いのだろう、とタヌヲは思いました。
タヌヲはぜんぜん楽しくありません。

「……」
 十何度目かのときです、投げようとしたボールを、人間はその場に落としました。
 タヌヲはますますわからなくなりました。
 わかっているのは逃げ時を失っていることぐらいです。コンタはとっくのむかしに逃げてしまったというのに……。

 人間はまた、泣き出しました。そしてヨロヨロのろのろタヌヲに近づいてきます。
 また抱きつかれてはたまらない、っとタヌヲは後ろに下がります。

「っ!」
 数歩下がったときでした、後ろから両肩をつかまれたのです。タヌヲはおどろいて振り返り――見上げると、そこには少年と一緒に写っていた女性がいました。

「♡♡☆、♡♡☆、○♡○☆֎ꕥ♬☀」
 歩きつかれたのか、人間はその場にヒザをついてしまいました。
 女性はタヌヲを押して歩き人間に近づきます、そしてタヌヲごと人間をだきしめました。

 再びあのイヤな臭いと、女性のにおいは……。
「𝄡⚀♬♛ꕥ☮☯☠✿♜♥」
 女性がなにやら言うと、人間はバカみたいに泣き出しました。
 そして、

「ずぴずぴっぴぽぽぽろん」

 女性にそうささやかれた人間は、糸が切れたようにコトンっとその場にたおれこんでしまいました。

 わからないことの連続で、なにからわかればいいか、わらかないぐらいです。

 ぼんやりとタヌヲは人間をながめます。
 どうやらねむっているようです。

 タヌヲはおそるおそる、後ろの女性を見上げます。
 すると女性は鋭くニラみ返してきました。

「こりゃ! コンタ! いつまでそうやっとるつもりじゃい!」
 突然、女性は大声で怒鳴りました。

「どこにシッポはやして、人間の手袋しとる木なんぞあんねん!」
 タヌヲがキョロっとすると、木の枝先にグローブがささっています――その木は姿を変え、コンタになりました。

「ウソジィ?」
「ウソジィやあるかえ! こん、バカモノどもが!」
 姿は人間の女性――しかし声は確かにカワウソのウソジィでした。
 なによりウソジィのニオイがします。

「へへへへ」
 コンタは笑ってごまかします。

「きさんら、シッポだすなって何回言わせんねん!」
 そう言われ――どなられ、タヌヲはやっと自分がシッポが出ていることに気づき、かくしました。

「下手クソどんもが! ワシが笑われるわ!」
 タヌヲとコンタは身をちじませます。

「山いちばんのウソジィからしたら、だれだって下手じゃん」
「なんぞいうたか?」
 コンタは顔をぷいっと鼻先をどこかに向け、知らないふりをします。タヌヲもその意見にはさんせいです。山の中で、どんなモノにも化けれた上に、何日何年でもその姿でいれ、さらに人間の言葉を理解し、使いこなせるモノがどれだけいるのか――数えても片手で足ります。

「なんでウソジィがここにいるの?」
「お前らがこんから、見に行ったんやんけ。そしたらどこにもおらんから鳥ん化けて上から探してたらココに走ってくん、みつけたんやんけ」
「で、追いかけてきたの?」
「それ以外なにがあんねん」
「へへへ」
 タヌヲは笑ってごまかします。

「かえって一からやりなおしじゃ!」 
「ちぇっ」
 コンタは舌打ちひとつ、グローブをくわえると駆け出しました。

「ウソジィ……」
「なんじゃい」
「コレ、このままでいいの?」
 タヌヲは聞きながら、人間を指さします。
「かまん。ちょっと眠らせただけや、そのうち目ぇさますやろ」
「ボクにも教えてよ、ぴぽぽろんってやつ」
「アホ、七代はやいわ」
「へへへ、いってみただけ」
「アホなこと言ってやんと帰るぞ」
 それを合図に2匹は元の姿にもどります。

「ねえウソジィ」
「なんじゃい?」
「この人間、なんであんなに泣いてたの?」
「ぅん? なんや、知らんとガキに化けとったんか?」
「え? だってそれしかなかったから」
「そうやな……」
 ウソジィは1匹あたまをひねります。なにやら考えているようです。
「お前……、もしぽんたろに会えたらうれしいやろ?」
「え? ……うん、そうだね」
 ぽんたろは何年か前に、人間の車にヒカれて亡くなったタヌヲの友達です。
「そういうこっちゃ」
「ふぅん」
 返事はしたものの、どう、そういうこっちゃなのか、タヌヲにはわかりませんでした。

 山のモノは亡くなれば、テンゴクというところに行って、二度と帰ってくることはない――そう教えられていました。
大人の話ではこっちからも行けないらしいし、そんなところから帰ってきてくれるのなら、うれしいとタヌヲは思います。
あっちの話だって聞きたいし、いない間の山の話だってしたいし、ひさしぶりに豆鬼だってやりたいし、新しく見つけた、木の実がたくさんある木も教えてあげたいのです。

 しかしその事と、人間が泣いていたのがどう関係あるのか、考えてもわかりませんでした。

「まあ、知らんにしても、お前にしたら上出来なほうやったわ」
「え? そうなの? へへへ」
 やはり、どう、上出来なほうだったのか、タヌヲにはわかりませんでしたが、ホメられたのでヨシとしました。

「そんなんおいてけ」
「やひゃよ、こへのたへにきへんだへら」
 タヌヲはグローブをくわえてウソジィに言います。
 ウソジィは目のハシをピクピクさせます。

「まあええ、いくぞ」
「ひゅん」
 ウソジィが走り出します。

 タヌヲは最後に人間をみると、人間はなぜかうれしそうな顔をしている、ように見えました。
 タヌヲはそれで少しだけぼんやりとわかり、2匹を追ってかけていきました。

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