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あの時のCAさんへ。クラムチャウダーはとても美味しかったです。

元来人間が大好きだが、ほとんど一人でするタイプの物事ばかり選んできたからおよそ自分が接客業をしている姿は想像がつかない。
それもあってか、世の接客業と呼ばれるご職業の方々をとても尊敬している。とびきり素敵な接客を受けるたとき、自分の手に取ったモノや体験を通じて自分自身のことさえも好きになれることがある。そんな瞬間をもたらしてくださる方々には感謝でいっぱいだ。

私は20歳の頃、ひとりでニューヨークに行った。この話は何度かこのブログでも触れているが人生の中でも大きな出来事だったのでこの先も出てくることをご容赦願いたい。かいつまんでお話しすると、父の留学時のホストマザーをしてくださったご家庭を訪ねる旅のついでに滞在してたのだ。毎年、「あなたのアメリカのグランマより」という手紙とささやかなプレゼントをくださる方だった。

そしてその当時のクラムチャウダーの話はこちらでもちょこっと触れたが、気温が低くなってスープを満喫した今朝当時のことを詳細に思い出したこともあって、そのときの食事たちのことを折に触れまたきちんと書いていこうと思ったのだ。

一人で飛行機に乗ること自体それまで全くなかったのに、ニューヨーク行きなんてと内心とても緊張していた。しかも直前まで大学の忙しい時期が丸かぶりしていて何の下調べもできていなかった私は、機内に2〜3種類の旅行本を持ち込んでうんうん唸りながら旅程を悩んでいた。

その方のお住まいはニューヨークではなくボストンのさらに奥だったが、どうせアメリカに行くなら一泊二日(なんなら一泊四日とかか、正味)じゃもったいないし近くにニューヨークがあるならそこにいたい、と一週間程度の旅路を決めたのは良いものの、完全にノープランだった。
というのも、郵便しか連絡先を知らなかったので事前に12月にそちらに行きます、と手紙を出したものの先方からの返事はなかったのだ。メールアドレスを書いたものの音沙汰もなく、これはワンチャン単なる冬のニューヨーク旅行になるな、と覚悟を決めていたのだった。
それまで2回ほど訪れていたニューヨークは魅力と刺激が洪水みたいに流れ込んでくる場所で、それだけに何の知識もなく一人で訪れるには、持て余した末に何も味わえずに帰りそうで怖かった。

おそらくは周りが寝静まってから電気をつけて旅行本と格闘するお客さんを見慣れているのだろう。或いは逆に、珍しかったのかもしれない。1人のCAさんがこちらに近づいて話しかけてくださった。「ニューヨークには、おひとりでいらっしゃるのですか?」

条件反射的に嬉しかった。アメリカの航空会社の便だったのでアナウンスやCAさん、周りの乗客たちのほとんどが英語を交わしていて、おそらく自分が思っていた以上に緊張していたのだろう。スッと気持ちが楽になってペラペラと自分の境遇を話してしまい、その間ずっとCAさんは笑顔で聞いてくださっていた。

ひとしきり現地の話に興じた後、「お客様、何か書き込んでも良い地図のページがあれば出していただけますか?」と聞かれた。言われた通りにするとCAさんは手持ちのペンでその地図をエリアで区切りながら説明を始めた。「このエリアは地元の方にも愛されるおしゃれなお店や素敵なレストランがたくさんあるので、よければぜひいらしてみてください。このデパートとここの通りはクリスマスの装飾がとても綺麗ですよ。そして基本的に夜の一人歩きは勧めませんが、特にこのエリアと、ここから先は、夜じゃなくてもひとりで行くのは避けた方がいいです。」といった具合に、淀みなくマンハッタンの街を説明してくださった。どれもあまり知らないことだっただけに本当にありがたくて…あの時、あの方に出会えたから私の旅は安全で楽しく美しいクリスマスを満喫できたとさえ、今も思っている。

最後にその方はこう仰ったのだった。
「グランドセントラル駅、ここは駅舎がとても素敵なので訪れていただきたいのですが地下のオイスターバーが一番おすすめです。牡蠣はもちろん美味しいのですが、クラムチャウダーがあって。種類は二つ、ニューイングランド風とマンハッタン風があります。ニューイングランドがクリーム風味のお馴染みのやつ、マンハッタンがトマトベースです。どちらも美味しいですが、ぜひここはニューイングランド風をお召し上がりください。本当に美味しいですよ!」

それでは良い旅を、またいつでもお声掛けくださいね。と彼女は別のお仕事に向かわれた。親身に旅路を応援してくれた年の近いお姉さんのなんとかっこよかったことか。しみじみ人の優しさに触れて、幸先の良い旅路だ…と一安心した。

さまざまなハプニングを越えて街に慣れた頃、ホテルから30分ほどクリスマス仕様の街を歩いて向かったその、オイスターバー。一粒の牡蠣とまったりとクリーミーなクラムチャウダーは、旅の緊張も氷点下の寒さも全て包んで溶かしてくれるみたいに優しくて美味しかった。白くて平たくて大きいスープ皿にたっぷり盛られてきたけど確かにそれはそれは美味しくて、貝と野菜の旨味がモッタリとした重めのクリームスープによく馴染んでいる。心もお腹いっぱいになってすごく嬉しかった。冬の味だな〜…と思ってめちゃくちゃ幸せだった。トマトベースの方もいつか食べてみたいな。

あの時のCAさんへ。
もし、あの時あなたに会えなければグランドセントラル駅は大きくて人が多くて緊張する乗り換え駅にしかならなかったです。おかげで、もしまた冬にニューヨークを訪れる機会があったら必ず行きたい場所になりました。あの旅を終えて久しくなりますが、あなたが応援してくれた安全で楽しくて美味しい旅のおかげで私は自分のことを好きになれました。素晴らしい思い出をありがとうございました。

旅の思い出は続く。
冬がいよいよ近いので、なんだかんだとその日々を思い出してしまう。結局父のホストマザーにも会えて、その時の食の思い出もある。どうかまた引き続き当時の話にお付き合いください。

クラムチャウダー、大好き。

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