少なくとも

『短編小説』第7回 少なくとも俺はそのとき /全17回

 別れようと言われた時、俺は少しだけ自分に幻滅もした。
「佐伯君、私たちさ別れようか。それでさ別の人生を歩もう」
事務的な口調で言う真幸に、俺は何も言い返せない。心は傷付き、落ち込みもした。それなのに、それが大きなショックではないと自分では分かっていたのだった。平穏な同棲生活を送り、いずれは結婚するんじゃないかって思ってた人が突然自分の近くからいなくなってしまう。そこには間違いなく寂しさがあるはずなのに、俺はそれを気持ち良いくらい素直に受け入れることが出来てしまったのだった。それに幻滅した。結局俺は、真幸のことが好きだったのだろうか?真幸に告白されて始まった関係だったけど、俺だって彼女に愛情を感じていたし、一緒にいたいと思っていた。ただ彼女が俺と離れたいというのであれば、それはそれで納得してしまうのだった。所詮、それくらいの思いだったのだろうか。泣いて縋るように彼女を引き止めたい、なんて思いは微塵も感じられなかった。
 クズだ。と思った。だって俺は真幸にそう言われてもしばらく気付かなかった感情に、真幸と別れた半年も経った頃にようやく気付いたんだから。俺は真幸が好きだった。誰よりも好きだった。何よりも真幸を欲していたし、突然彼女と一緒にいない夜に強い孤独感を覚えた。悲しみが体中を包み込んで、俺の骨がボロボロとこぼれていくように体に一切の力がなくなってしまうようだった。……その時も、俺は真幸に連絡をしていない。それはなぜか、強がりなのか、見栄なのか、プライドなのか、俺は真幸にどうしても弱い自分を見せることが出来なかった。そしてその強い寂しさを紛らわせようと足繁く風俗に通った。店内を出た後にいつも残っているのは、酷い虚無感だけ。それなのに、俺は何度でも風俗に行った。今までほとんど使ってこなかったお金を、捨てるように浪費した。その一瞬、その数分は、短絡的な幸福に浸れたから。安易な作り物の幸福は、失った瞬間にとてつもない孤独を伴っていたけど。

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