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私の根源となる考え方は「自分を無条件に認めてほしかった」ということ

こんにちは、唯です。
記事にアクセスいただきありがとうございます。

前回の投稿から空いてしまいましたが、
この1ヶ月半で気付いたことや感じ方の変化など、
色々あったので少しずつ投稿していきたいと思います。

今回の記事は、「こんな変化がありました!」や「こんな方法で行いました!」のようなものではなく、私自身のことを綴りたいと思います。



自分が感じていた思い・悩み

タイトルにもありますが、
「ありのままの自分や、素の自分を無条件に認め欲しかった(親に)」
という思いが強く根付いているがゆえに、
日常生活に支障をきたすことが本当に多いなと改めて感じています。

・自分の意見が言えない。伝えたら否定されるかもしれない。
・否定されることは、なんとしてでも避けたい。死活問題レベルで恐れている。
・自分の存在に対する否定ではなく、意見に対しての否定であると分かっていても、ものすごいダメージを喰らってしまう。
・相手や会社が求めている自分になろうとしすぎる。
・勝手に相手の期待に答えようとするが、それに対して称賛や褒めが無いと怒りが沸く。(自己犠牲して差し出してるのに、なんで返してくれないの?という感じ)
・一方で、相手も自分の期待に応えてくれるはずという考えが潜在的にあるので、相手をコントロールするような言動になってしまっている。
・素の自分と他人に見せる用の自分が乖離しすぎて苦しい。
・人に見せる用の自分じゃないと仕事で対価を得られないので、素の自分には価値がない。
・組織に属して制限されるくらいなら、個人で仕事した方がマシ。でも一人にされると怖くて何もできない。

私の場合、こんなふうに感じてました。かなりしんどい考え方です(笑)


これまでの自分のこと

私は幼少期から親の顔色ばかり伺い、親が求める自分像を目指して頑張ってきたように思います。いわゆる、良い子ちゃんでした。

大学生まで続けていたピアノ、気付いた時には習っていたし、
途中で辞めるという選択が、存在するなんて思ってもいませんでした。
コンクールを受けることも、親と先生が熱心に指導してくれているからやるもの、賞を取ったら認めてもらえるかも、という期待だけで頭がいっぱいでした。

自分の「欲しい」が言えませんでした。
小学生の頃、目が悪くて買ってもらったメガネ。
使っていくうちに金属の細いフレームがダサいと感じてきて、
黒ブチの太めのフレームのものに替えたかったけど、
わがままを言ってはいけないと思い込んで数年我慢して使ってました。

高校や大学、就職先を決めるまでも、自分の思いより親の思いを優先していました。就職を機に実家を出たかった一方で、実家に居てほしいという親の思いを優先していました。
親の意向から外れた選択をするのが、ものすごく怖かったのです。

全ては、親からの愛は、自分の行動や振る舞い次第で変わるもの、と思っていたことが根源でした。


その思い込みに何度も気付いていく

親からの愛は条件付きかどうか。
結婚を機に実家を離れましたが、その際にもらったアルバムとメッセージがあります。
そこには、幼少期〜実家を出るまでの写真と、父と母からのメッセージ。

父:困った時は、それが北海道であっても駆けつける(実家は大阪です)
母:私への愛情だけは多分誰にも負けてない

といった内容が。

これを読むとハッとさせられるのが、
もう既に十分、ありのままの自分で認められていた・愛されていた
ということ。

そもそも、自分が思う「親が求めているだろう私像」と、
親本人が「求めている私像」が100%一致することはあり得ないです。
親子であっても他人なので。
それは、親にとっての理想の子供でなくても、
認めているし受け入れてるということ。

そして、条件付きの愛であったならば、二十何年間も育ててくれてないと思いますし、お金や手もかけてもらえてなかったと思います。

当たり前を当たり前だと認識しており、育ててくれたありがたみを、
心の底から本当の意味で腑に落ちていないのだと思いました。


時間だけは戻ってこない

もうすでに、親が自分を認めて受け入れてくれていたことや、
お金をかけて手を尽くして育ててくれていたことに気付きましたが…。

私は自分の意志がない子でした。

これって、これまで親が自分にかけてくれたお金や時間、
すごくもったいなかったかも、と思いました。
自分がやりたくてやってる意識がなかったピアノや歯列矯正、大学進学…
本当に自分が心から欲しい・やりたいと思うことではなく、
そうではない物に親がお金や時間や労力を費やしてきてくれたことを考えると、
とても悔しいし、歯がゆい気持ちになります。

素の自分ではなく、
他人に見せる用のいい子ちゃんの自分、周囲に合わせて自分の意思のない自分。
何より、素の自分で過ごせなかった、あの頃の時間はもう戻ってこない
実家で家族と共にした二十何年間を、偽り半分の自分で過ごしてた
大事な家族でありながらも、自分を出せずに実家生活を終えてしまった
途中からやり直すこともできないし、もう戻ってこない。
そう思うと、悔しさと虚しさが込み上がってきました。

ありのままの自分がもう既に認められていた、と気付けたのなら、
「自分が自分を認められてなかっただけ」と気付くかもしれません。
なので、次のステップは
ありのままの自分を無条件に『自分が』認めていく!と決めることです。


長年積み重ねてきた思考は、とんでもなくしぶとい

私自身、自分の思い込みや勘違いに気付く度に、ハッとするものの、
考え方のベースが「私は条件付きでないと認められない」なのですよね。
時間が経つとまた戻り、何度も同じことを繰り返してしまう。

ここで「自分ってできないんだ…」と責めるのではなく、
二十数年間同じ思考回路を繰り返してきたので当然ということを
忘れないことが大切だと感じています。

私の経験上、自己否定は何も前に進めません。
自己否定しながら前に進むことも、かなり厳しいのではないかと思います。

なので、何度も気付き、ハッとして、行動を変え、
焦らずじっくり変えていくことが
前に進める方法なのかなと感じます。

もし共感してくださる方がいらっしゃったら、
自分の殻を破るということ、一緒に頑張っていきましょう。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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