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愛とは、息苦しくて狂おしい:グザヴィエ・ドラン監督作【前編】

ドラマ好きの友人がいる。好きな日本ドラマや韓国ドラマについて語る時の彼女が、私は好きだ。

彼女は、日本だと北川悦吏子のドラマ及び北川さんという女性を崇拝していて、『愛していると言ってくれ』『ビューティフルライフ』『オレンジデイズ』をビデオが擦り切れる程に見たという(さすがにビデオじゃないか)。

韓国ドラマで言えば、最近はやはり『愛の不時着』にハマって、既に10回近くリピートして見ているとか。

そんな彼女に、同じく韓国ドラマの『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』を薦めてみたが、不時着と同じソン・イェジンが主演とあって、どうにも二の足を踏んでいる模様。

ん?ソン・イェジンですよ?不時着のユン・セリですよ?

同じ俳優の出演作とあれば、見たくなるのでは?なぜ躊躇う?
と、疑問に思ったわたし。

その疑問を投げてみたところ、彼女の作品鑑賞のスタイルが、好きになった作品を何度も何度も繰り返し見る、という型なのだそうだ。

大好きになった物語を、その世界観を、自分の中でより一層はっきりとくっきりとさせるべく、不時着で言えば、ユン・セリ役のソン・イェジンを、極限まで美化し昇華させるべく、わかり切ったドラマを幾度となく眺めるのだという。

だから、ユン・セリ以外のソン・イェジンを、当面の間は受け止め切れそうにない、のだそう。ユン・セリ過多であり、これ以上のソン・イェジン注入は暫しNG。

なるほど、これは私には無い価値観だったので、純粋な発見を得た。

私はというと、好みの作品に出逢った場合、基本的にはリピート鑑賞はせず、その監督や出演者の作品を片っ端から当たって行く、という方式がセオリーとなっている。

人間関係や趣味嗜好は「広く浅く」、好きな異性のタイプも「深い知識より広い教養のある人」の私としては、このスタイルが自分に合っていると思っている(それとこれとでは違う話では)。

期間を開けて同じ作品を見返すのは、まあ分かるが、見終わった途端に頭出しをして(頭出しとも言わないな)もう一度最初から見ることで、一体何が得られるのだろう、と、ちょっとばかり気になりもしている。今度やってみようかな。


さて、そんな私が、その監督作品全てをチェックし、今一番惚れ込んでいる監督がいる。

グザヴィエ・ドラン、その人だ。

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ドランは、カナダの俳優・映画監督であり、1989年生まれの32歳。

若い!お兄ちゃんと同い年じゃん!私の4つ上!もしかしたら、お近付きになれる可能性があるんじゃん!と、浅はかな妄想を抱いているが、彼は男子好き男子なのであって、私にはどうやったって見込みが無さそうである。

で、でも、いつかドランに会うために、会った時のために、ふ、フランス語をべ、勉強するんだから!!!

どなたか、フランス語学習のお薦めツールがあれば、ぜひご紹介願いたいです。


我がドラン様、「美しき若き天才」と称される通り、映画監督兼俳優として活躍する美貌と才能の持ち主。

弱冠32歳という年齢でありながら、俳優としては5歳からキャリアをスタート。19歳で監督デビューを果たして以来、これまでに監督した作品は8作に上り、カンヌ国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭の常連でもある。

どこか厭世的な雰囲気を醸すドラン。虚ろで鋭い眼光を湛えつつ、視線を逸らしながらはにかむ、少年の如きあどけなさのギャップにやられてしまう。憂いも色気もマシマシの三十路過ぎ。

『LA LA LAND』『セッション』のデイミアン・チャゼル然り、若さ・ルックス・才能の三拍子が揃ったアーティストが、同じ地球に存在していることを、今こうして同じ時代に生きて同じ酸素を吸っていることを、私は心底誇りに思うのでした。


前置きが長くなってしまったが、ここからドランが監督した全8作品を、年代順に、前・後編に分けてご紹介します!ぱちぱち。


1.『マイ・マザー』(J'ai tué ma mère/I Killed My Mother・2009)

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ドランの初監督作。当時19歳だったというから、おったまげです。

この後の作品にも続く「母と子の確執」をテーマにした本作、16歳の息子とシングルマザーの母子関係を取り上げます。

息子・ユベールは、その年頃の男子らしい健全さを持ち、母のやること為すこと全てが気に喰わない。だけれど、未だに親の庇護なくしては生きて行けない子どもに過ぎず、そんな自らの非力さ・無力さ・未熟さに対する苛立ちが、身体がはち切れそうなほど立ち込める。そして、行き場のない苛々を母にぶつけては、その度に罪悪感を抱く、という無限ループに身を浸している。

思春期とは、親という絶対的な存在がいつだって正しいわけではないことを自覚し、自分という個を確立するために必要な期間。だけれど、我が子に否定される母の心の痛みは尋常でないだろう。それでも子どもを受け止め続ける母という存在の偉大さを、ドランは逆説的に提示するのだ。

自分はこんなにも傷付けているのに、それでも自分を捨てない母が、その愛情に応えられない自分が、また息子の腹立たしさを生んで行く。いっそのこと、嫌いになってくれたら楽なのに、母という人生を捨てて自由になってくれたら良いのに。

母と子の罵り合いの応酬が見ものだが、どうやったって、子どもは母親を嫌いになんてなれないんだなあ。


2.『胸騒ぎの恋人』(Les amours imaginaires/Love, Imagined・2010)

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同じ一人の男性に片想いを募らせる男と女の三角関係を描いた本作。
「片想いあるある」に共感を覚えること必至のいじらしい作品だ。

恋に落ちれば、その瞬間、瞬く間に世界は色づき、輝きを帯びる。
好きな人がいることは、それだけでモチベーションになる。

フランシスとマリーの意中の相手・二コラが「(オードリーヘップバーンは)僕の理想の女だ」と言えば、オードリーのファッションを真似し、彼に会うとなれば、美容院へ行き、帽子を買って、髪を梳かし、香水を付け、勝負服を着て、さあいざ出陣。そんな、ただ一人のためだけに仕立て上げられた2人の美しさは必見。

愚かで幼稚な行為かもしれないが、当人達からしてみれば、この時間が最も幸福感に包まれているのかも。ウディ・アレンも「長続きするたった一つの愛は片想い」との言葉を残しているほどだし。

恋のライバルでもある2人が互いに牽制し合う様も、赤の他人からして見たら愉快でしかない。同時に、同じ一人の相手を愛する同志としての連帯感と絆さえ手にしてしまっている辺りも、モテる男を好きになったケースの片想いあるあるっぽい。

学生時代、クラスの殆どの女子から好かれている男子がいて(でも、本人は恋愛には無頓着なタイプ)、その彼を誰か一人に取られるくらいなら皆のものにしちゃえ!という、「〇〇くんはみんなのもの」宣言によって謎の結束を固める女子集団がいると聞くが、そんな感じ。なんだかんだ、それすらも楽しんでるんだよなあ。


3.『わたしはロランス』(Laurence Anyways・2012)

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私のドラン初鑑賞作品であり、彼に惚れるきっかけとなった監督3作目。

国語教師・ロランスは、恋人・フレッドに「実は女になりたいんだ」とカミングアウトするところから物語は始まる。

自らのアイデンティティの確立のために、勇気を持って一歩を踏み出すロランス。自分に嘘をつくことを止め、正直に生きることを決めただけなのに、それが結果として愛する人を傷付けることになってしまう、という皮肉が彼を悩ませる。

性指向を含むあらゆる局面に於いて、自分本位に自由を選んでしまうか、はたまた他者のために自己犠牲を取るか、で悩んでいる人間は、実は密かに溢れているのではないだろうか。

一方、性という概念を超えて、愛する人を丸ごと受け容れようとするパートナー・フレッドの、母の如き大きな愛情は、もはや人間愛の極致と言えるかも。受け容れる側は受け容れる側で、強くなることを必然的に求められてしまうところがしんどいけれど。

設定だけ聞くと、エキセントリックなストーリーに捉えられるかもしれないが、そこで描かれるのは「愛する人を受け容れて、また愛する」という普遍的で根源的な命題。男であるとか女であるその人を愛するのではなく、人間の本質を、その核を見つめて愛するって、どれだけ難しいことだろうか。


4.『トム・アット・ザ・ファーム』(Tom à la ferme/Tom at the Farm・2013)

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「愛のサイコサスペンス」という、いわくありげなジャンルを冠した意欲作。

恋人・ギョームの死をきっかけに、彼の実家の農場を訪れるトム。そこで、ギョームが生前、自身がゲイであることを家族に隠していた事実を知る。そうこうしている内に、ギョームの兄・フランシスの暴力的且つ性的支配に屈してしまうという、文字面だけではなんのこっちゃなストーリー(見てみてね)。

そこに登場するのは、ギョームという一人の青年を喪った、傷付いた心を抱えた人々である。彼らは、その傷を癒すべく、その穴を埋めるべく、ギョームではない「誰か」を求める、狂気的に。

悲しみ方・乗り越え方・癒し方は、人それぞれであって良いはずなのに、自分と同じことを強要する人もいるし、他者を傷付けないと自らの傷を癒せない人もいる。

フランシスの狂気は、トムへの嫉妬か、それとも愛情か。互いにゆすって脅して締め付けて怯え合う2人の間には、依存的関係、支配ー服従の構図が出来上がって行く。

後ろめたさや息苦しさが1㎥の立方体に閉じ込められている様な、酸素の薄さ。均衡の保てなさ具合。そこに映し出されるのは、果たして愛だったのだろうか。


初めて「まとめ記事」的投稿をしてみましたが、要約力の乏しい私の文面で、その魅力が伝わったでしょうか・・・ひやひや。

何はともあれ、後編へ続く。

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