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<映画評>ロードオブザリングス(指輪物語)

 これは友情の物語である。主人公フロドをめぐる邪悪な指輪を廃棄するための友情(フェローシップと英語で言いたい)の他に、フロドとサム、ピピンとメリー、レゴラスとギムリ、ガンダルフとアラゴルン、そして友情の裏切り例としてスメアゴルとデアゴルのケースも含めて、あらゆる関係が「友情=フェローシップ(相互扶助)」に集約されている。

 物語自身についても、人間、エルフ、ホビット、ドワーフ、エント(木の種族)の間の友情を壮大な歴史的時間の中に語っている。そして、観客(原作本では、読者)と作者J.R.R.トールキンとの関係も、一種の友情に似た感情に向かうと言ったら、言い過ぎだろうか。

 この壮大な三部作は、やはり一作毎に評価するのではなく、三作をトータルで評価すべきだろう。ただし、全体のストーリーのつなぎ役となるため、面白く作るのが比較的難しい第二作は、登場人物それぞれのキャラクターを非常に際立って描いたことで、初回としてのアドバンテージ(メリット)を持つ第一作及び最終回としてのパワーを持つ第三作に劣らない良い出来栄えになったので、そこに監督ピーター・ジャクソンの力量が良く発揮されていたと言える。そういう点では、物語の最後のカタルシス(水による悪の一掃)という効果もあり、第二作は特別に評価されて良いかも知れない。

 また三作それぞれには、感動させられるシーンが散りばめられている。第一作『旅の仲間』では、仲間の安全のために、対岸へ一人旅立とうとするフロドを追ったサムが、泳げないのに川に入るシーンがある。このシーンには、何よりも映像の迫力(川のなかでもがくサム、サムに手を指し伸ばすフロド)によるカタルシス=浄化が感じられる。第二作『二つの塔』では、悪の魔術師サルマンが作り上げた大オーク軍団に攻撃され、ヘルム峡谷に籠城したセデオン・ローハン王が、善の魔術師ガンダルフが連れてきた軍勢に救出されるシーンがある。このシーンには、何よりも大きなカタルシス=浄化が感じられる。また救出にきたローハンの騎馬軍団が悪鬼オークどもを蹴散らすシーンには、主人公たちが絶体絶命の窮地にあったことがより一層盛り上げる要素になって、数倍も観る者の感情を爆発させるものがあった。

第三作『王の帰還』では、幽鬼ナズグルがドラゴンに乗ってセオデン王を襲ったシーンが感動的だ。そこへ女であることを理由に戦争への参加を拒否されていた王女エオウィンが、ドラゴンの首を一刀両断にする。さらに、そのエオウィンがアズグルにやられそうになったとき、戦いに不向きな小さなホビットであるメリーの見事な助太刀によって、エオウィンがナズグルを倒せたときは(ナズグルは、人間の男によっては絶対に殺されないが、女であるエオウィンが殺せた)、やはり大きなカタルシス=浄化を感じることができた。

 またその後のサウロンとの最終戦争に向けて、英雄アラゴルンが「フロドのために!」と言って、勝ち目のない戦いに挑む友情の厚さと、アラゴルンの王としての戴冠式で、もっとも非力でもっとも小さいホビットの4人(フロド、サム、ピピン、メリー)が、一番の功労者として皆から尊敬の念を受けるときは、(いかにもハリウッド的かつ西部劇的な要素ではあるが)、アラゴルンに代表される人間の素晴らしさ=謙虚さにちょっと感動してしまう良いシーンだった。

 最後のフロドの旅立ちのシーンは、これほどの激しい歴史(いわば時間軸としての存在自体に対する傷)を経験した者が、もはや通常の日常生活に戻ることの困難さを表している(安直な事例を比喩に用いれば、戦場からの帰還兵)。フロドは、ホビット村のインサイダー(住民、同一の時間軸を持つ同胞)からアウトサイダー(そこにいてはいけない異世界の住民、異なる時間軸に生きる存在)に変身してしまったため、日常世界としての村を出なければならないが、それに加えて異世界への新たな冒険を続けるためにも、未知の世界への旅立ちを選択せざるを得ない状況にあった。またこの旅立ちは、決して滅びたわけではない魔王サウロンの魔力から遠く逃げるためにも、絶対に必要なものでもあった。

 一方、一時的に邪悪な指輪の所有者になってしまったサムは、ホビット村に帰ってから、かねてからの意中の恋人と結婚するという日常生活に戻ることができた。これは、劇中でよく表現されているサム自身の誠実な心によってのみ、実現できたことと理解できる(ここには、どこかキリスト教的な祈りと清貧の感情がうかがわれる)。

 このサムの姿によって、観客はフロドのような冒険はできないが、最初で最後の冒険を経た後、普通に日常生活を送ることの安心感を得られるのかも知れない。そういう観点では、サムは作品世界と観客とを結びつける役割を担っている。また、そうした落ち着いた感情によって、この壮大な物語世界から日常に戻ることへの橋渡しができるのだろう。

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