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紫がたり 令和源氏物語 第三百八話 若菜・上(二)

 若菜・上(二)
 
朱雀院が女三の宮の婿は夕霧の中納言しか考えられぬ、と思い悩まれていた矢先、源氏の名代として当の夕霧が院のお見舞いに御前に伺候しました。
夕霧はやはり美しく控えめで、将来も有望な貴公子です。
院は夕霧が太政大臣の姫と結婚したばかりと聞いたので、まずはどのようなものか、探るように切り出すことにしました。
もしや野心があるならば皇女の降嫁に興味を示すかもしれません。
「夕霧よ、あなたを見ていると若い頃の源氏を思い出すね。亡き父院があれほど源氏をないがしろにしてはならぬと遺言されたのに須磨へ追いやるような形になってしまった。恨みつらみもあろうはずなのに源氏はそんなことは素振りもみせずに慕ってくれる。それどころか春宮の後見としてもよく気を配ってくれているよ。ありがたいことだね」
その御声は以前とは違い弱々しく感じられて、夕霧はじっと悲しげに俯きました。
「この間の六条院での紅葉の宴は実に楽しかった。源氏にもう一度会いたい、とそう伝えてはくれぬか」
夕霧は朱雀院が心底お気の毒で、少しでも御心を慰めてさしあげたいと感じました。
「過去のことは私にはわかりませんが、父はいつでも院を敬愛しております。准太上天皇と身分が重くなったので無沙汰がちなのを物足りなく、残念に思われているようです。院の思し召しは必ずお伝えいたしますので、ご安心ください」
「そうしてくれるとありがたい。心が少し軽くなったようだ」
「それはようございました。そう言えば、先日の六条院での催しはまさに絶景でございましたね」
「うむ。源氏がその昔太政大臣と青海波を舞ったあの日を思い出したよ」
「宮中でも語り継がれておりますとも。亡き桐壺院の行幸の中でも格別なご風情と承っております」
「父上は風流な御方であったからなぁ。私の御世にもあのような催しがあれば誇りとなっただろうに」
朱雀院は昔を懐かしむように遠い目をされました。
「私の父と母が源氏をライバル視していたために疎遠になりがちであったが、夕霧よ、あなたのおじい様はかの桐壺院、私には父上だが、私たちは血の近い間柄ではないか。これからもどうか足繁く通っておくれ」
「わたくしごときでお慰めできるならば、ありがたいお言葉でございます」
まっすぐな瞳をした、なんと心優しい青年であろうか。
院はこの君が結婚する前に話を持っていくべきであったと悔やまずにはいられません。
「時に夕霧はいくつになるかな?」
「はい。二十歳にはまだ少し足りません」
「太政大臣の姫との縁談がこじれていたと聞いたがようやく念願がかなったのだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「娘を持つ父としては羨ましいような、妬ましいような・・・」
そう言いさして院はお言葉を止められました。
夕霧は内心どういう意味かと訝しみましたが、院が女三の宮のご降嫁を考えられているという話を聞いたことがあったので、そのことかと思い当たりました。
迂闊な返答はできないもので、
「はい。私の至らなさで縁もなかなかまとまりませんでしたが、ようやく念願がかなった次第でございます」
とだけ申し上げました。
院はこの誠実な若者は降嫁を望まないであろうと直感し、がっくりと肩を落とされたのでした。

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