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紫がたり 令和源氏物語 第九十話 賢木(十九)

 賢木(十九)

「もうおしまいだわ、何もかも・・・」
朧月夜の姫は顔を青くしてうなだれております。
「そう心配しないで、何とかなりますよ」
源氏はとうとうこんな日が来てしまったか、とどこか第三者的な視点で眺めている冷めた自分がいるのに気付きました。
もうどうにもならぬという諦めがそうさせていたのかもしれません。
「わたくしたちは裂かれてしまうのですよ。もう二度とお会いできないかもしれませんのに」
姫は父親や大后の勘気よりも源氏との愛を貫けないことに悲しみを感じているのです。
若い乙女らしい感傷ですが、世の辛さにまで思いを馳せることをできないのが憐れな深窓の姫君よ。これから先人々の噂にのぼり、後ろ指を指されるということには考えも及ばないのでした。
いずれこのような結末を迎えるであろうことは想定の範囲であったのに可哀そうなことをしてしまった、と源氏は心底この姫を哀れに思いました。

右大臣は怒りのやり場がなくて、大后の部屋を訪れました。
「大后、大変なことが起きてしまいましたよ」
この御仁も後先考えられぬ性質なので、すべてを包み隠さず大后にぶちまけてしまわれました。
「あの源氏という男は昔から私達を愚弄するような輩だったのですよ。それを今さらにわかったというわけですね、父上。源氏が帝を軽んじているという証ではありませんか。こんなことが許されてよいはずがないのです。たしか源氏を六の君の婿に、などと以前おっしゃっていたようですが、やはりとんでもないことだとおわかりになったでしょう。新しく斎院に立った姫(朝顔の姫君)とも関係があるというし、あの男は帝どころか神に対しても不遜なのですよ。馬鹿にした話です」
大后は右大臣以上に気性が烈しくていらっしゃるので、このような調子でまくしたてられると、右大臣は今さらながらに大后に話すのではなかったと後悔の念がよぎります。
ここまで悪く言われる源氏も不憫に思われましたが、ことを荒立てると六の君自身が深く傷つくことになるでしょう。
「ともかくこのことは公にはしないように。帝に奏上するなんてもっての他ですぞ。六の君は帝の寵愛をいいことに図に乗っていたのでしょう。私からよく言い含めますから」
そう右大臣は大后を宥めました。

しかし大后の怒りは父親の説得でどうにかなるような類のものではありません。
源氏は愛しい人を奪った女の息子なのですから、その憎しみは源氏が生まれる前からくすぶり続けてきたものなのです。
今焔はめらめらと燃え上がり、まるで野火があっという間に山野を焦がすように大后の胸の中で大きく広がっていくのです。
必ずやあの生意気な若造を排斥してくれる、その恨みの念ばかりが益々募るのでした。

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