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令和源氏物語 宇治の恋華 第二話

第二話 光なきあと(一)
 
時は誰にも等しく淀みなく移ろうもので、『光り輝く源氏の君』と呼ばれた貴人が世を去ったのはひと昔前。
源氏の永遠のライバルであった致仕太政大臣(かつての頭中将)や、もっとも親しかった兵部卿弟宮(螢宮)、源氏の娘婿となった髭黒の左大臣(玉鬘の夫)なども相次いで身罷りました。このようにかつての源氏の栄華を知る者は世を去り、あるいは老いて、世は源氏の子たちが中心の時代に移りました。
源氏が掌中の珠と慈しんだ明石の姫は時の帝の中宮(国母・最高位の后)として厳然たる地位にときめかれ、夕霧は右大臣へと上り、まさに柱石として国を担うまでになりました。夕霧は父源氏とは違い堅実な性質ですので、帝の信頼も殊の外厚く、中宮とは幼い頃から仲良く交流してきたので、兄妹の絆も深く結ばれて、そうした点でも帝には心の許せる存在なのでした。
現在の夕霧は昔のナイーブな青年であった面影は消え失せ、男盛りを迎え貫録もつき、円熟味を増した魅力に溢れております。政治家としての手腕もたいしたもので、数多く恵まれた子供たちを手駒に益々朝廷にて堅固な基盤を築こうと華々しく栄える一門となりました。
正夫人の雲居雁は、一度は夕霧と離れたものの、たくさんの子を為す縁の深さから元の鞘に納まりました。変わらずに三条の幼き頃から親しんだ邸で穏やかに暮らしております。
 
夕霧の六人の若君たちはみなそれぞれに優秀です。
父に似た明晰な頭脳を持つ長男。優しく穏やかな気性の次男。祖父・致仕太政大臣のように漢学に通じる三男に同じくその気質を受け継いで和琴を得意とする四男。五男(藤典侍腹)はこちらも祖父である宰相の惟光のように目端が利き、六男は学問を得意とする博士気質。
各々が内裏にてそれに相応しい位を与えられ、活躍の場を広げているのでした。
姫たちも六人おり、大君は春宮となられている明石の中宮の一の宮の元へ入内し、押しも押されぬ権勢で寵愛をほしいままにしております。中君は同じくその次の春宮に立たれるであろう二の宮へと嫁しました。
三の姫以下はいまだ未婚の姫君たちですので、順当にゆくのであれば三の宮(匂宮)と娶わせたいところ。しかし三の宮は世間にもてはやされる貴公子でありますし、型どおりの縁組みというのも面白味がない、と夕霧はいまだ決めかねているところです。もしも三の宮が所望されるのであればそれも悪くはない、という程度の淡い考えなのでした。
四の姫、五の姫は正夫人・雲居雁腹なので、いずれそれなりの婿を望めるでしょう。しかし六の姫は身分の低い藤典侍腹でしたので、夕霧はこれを今一人の正夫人である一条の宮(かつて落葉宮と呼ばれた女二の宮のこと)の養女として共に六条院に迎え入れました。
 
かつて六条院の春の御殿と呼ばれた紫の上の寝殿はその作りも変えることはなく、「紫の上のおばあさま」と慕った明石の中宮の女一の宮が優雅に住みこなしていらっしゃいます。
昔はその御簾の傍にも寄れなかった夕霧が今は主人として六条院を管理しているのです。夕霧はこの御殿の庭を昔と変わらずにさせておりました。そこは若かりし日に思いもよらずあの麗しい春の上を垣間見ることができた庭。亡き人の華やぎがそのままであるようにという夕霧の甘い思い出の詰まった場所なのです。
そして一条の宮を花散里のお母様の夏の御殿に迎えました。
花散里の君は二条院の東院を譲られてご存命ですので、安心してください。
そこに美人と評判の高い夕霧の六の姫をここに住まわせることで、若い親王や公達が六条院に足繁く通い、六条院は今も昔のように人の出入りが多く賑やかなのです。
夕霧は父源氏がいた頃のようにすることで、いつまでも父を、あの輝かしかった頃を記憶に留めようとしているのでした。

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