見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第二百六十三話 行幸(七)

 行幸(七)
 
玉鬘姫の裳着の式当日がやってきました。
若葉が芽吹き始め、空気も温むよい日和です。
近くでさえずる鶯は梅の香に誘われてやってきたのでしょうか。
姫は父君に会える喜びであまり寝つけなかったようですが、清々しい朝を迎えておりました。
どれほどこの日を待ちわびたことでしょう。
筑紫にあった頃にはこのような日がくるとは思いもよりませんでした。
「姫様、よいお天気ですわね。晴れの日にふさわしいですわ」
兵部の君も晴れやかに微笑んでいます。二人がゆったりと昔のことなどを話していると、そこへ続々と祝いの品が届けられました。
「まぁ、みなさまからの贈り物ですわ」
紫の上からは見事な蒔絵を施した鏡と揃いの箱が贈られてきました。
「なんて美しい蒔絵なんでしょう」
玉鬘はうっとりと感嘆の溜息を漏らしました。
「ええ。さすが紫の上さまはよい趣味をされてますわね。こんな素晴らしい御品は見たことがありませんもの」
次に秋好中宮からは白い唐衣の装束一式と舶来の沈香が添えられておりました。
「姫様ご覧になって下さい。この綾の美しいこと。こちらは噂に聞く沈香という高価なものですわ」
「ほんとによい薫り」
花散里の君からは女房たちへと上等で美しい装束が何枚も贈られてきました。
「花散里のお母さまからあなたたちへ、とお手紙にはあるわ。兵部には藍が似合うのではないかしら。三条は紅がよさそうだわ」
玉鬘はありがたくて、うれしくて、その喜びを分かち合うように女房たちへ装束を取り分けました。
明石の上からは櫛や扇などこちらも上質なものを数多く届けられました。
「こちらもみなへということだわ。あら、それぞれ細工が違うのね。好きなものを持っていきなさい」
玉鬘と女房たちが楽しげに贈り物を広げていると、そこへ源氏がやって来ました。
「もうこんなにいろいろ届きましたか。みんな六条院の女君たちからのものですね。きっと他からもまだまだたくさん届きますよ」
源氏も今日という日は上機嫌です。
大宮からも尼の身ではあるけれども、と孫に祝い言をと御髪上げの御櫛の箱が贈られておりました。
 
ふたかたに言ひてもゆけば玉櫛笥
     我が身離れぬ懸子なりけり
(源氏の大臣の娘でも、内大臣の娘でも、どちらでも結局私の孫ということに変わりはないでしょう)
 
「あなたのお祖母様の大宮は先日お会いした折にも大層弱々しく、お労しいご様子であった。昔は優美な御手蹟でいらしたのだが。詠みぶりはいささか古めかしいが、玉櫛笥をさりげなく詠みこむのはさすがですね」
「わたくしのお祖母様。一度でもお会いできると嬉しいのですけれど」
「そうだね。世間はとかくうるさいからもうしばらく落ち着いてからのほうがよいかな」
源氏はふとまだ開けていない箱の中にひとつ古びたものがあるのを見て眉を顰めました。
「これはまた・・・」
末摘花であろう、とすぐにわかりました。
二条邸に暮らしているので本来ならば遠慮するべきところをこうした気だけは遣われる、と源氏は深い溜息をつきました。
「どれ、開けてみよう」
中には色が褪せてよれよれしたみっともない唐衣が納められており、源氏は添えられた歌にも思わず赤面しました。
 
わが身こそ恨みられけれ唐衣
    君が袂になれずと思へば
(あなたと馴れ染まれないと思うと、この身が不幸に思われます)
 
「まったくよけいなことをする姫ですよ。こんなものなら贈らない方がいいのに。お返事は私が差し上げよう」
そう言うと、源氏は硯と紙を引き寄せてさらさらとしたためました。
 
唐衣またからごろもからごろも
    かへすがへすぞからごろもなる
(唐衣、また唐衣と、唐衣だらけですねぇ)
 
玉鬘はその歌を見て吹き出してしまいました。
「これではお気の毒ですわ」
「この人は“唐衣”が好きなので、これくらいでちょうどよい」
源氏が真面目に答えるので、兵部の君も三条の君もたまらずに声を立てて笑いだしました。
裳着の式を前にして、なんとも晴れやかな一同なのでした。

次のお話はこちら・・・


この記事が参加している募集

古典がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?