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紫がたり 令和源氏物語 第四十六話 紅葉賀(五)

 紅葉賀(五)  

元旦の夜、左大臣邸を訪れると葵の上がいつものように取り澄ましているのが面白くなくて、
「今年からはせめて一般の夫婦のように語らいましょう」
源氏はにこやかに話しかけてみましたが、葵の上はちらりと冷ややかな一瞥を返しました。
その瞳は「二条の女性を生涯の妻と決めておられるのはあなたでしょう」と、無言で非難しているようで、その美しい澄んだ視線にたじたじとなってしまうのも源氏の中にこの人にすまないという気持ちがあればこそ。
葵の上の目を伏せた慎ましやかな横顔は品があって美しく、源氏がなんのかんのと冗談を言えば、さすがにいつまでも強情を通すことはなく笑われる姿は愛らしいものです。
そんな時にはやはりこの人はちゃんとものの道理をわきまえた優れた女人であると痛感するのです。
何より始めて夫婦になった女性ですし、いつか心を通わせられる時もくるであろうと源氏は思いながら、この人を苦しめているのは誰あろう自分の浮気沙汰ゆえであると反省するのでした。

左大臣は二条邸に女君が迎えられたということを聞いて、葵の上不憫と心を痛め、源氏の仕打ちを不快にも思われましたが、実際に源氏を目の前にするとそのようなわだかまりも淡雪のように溶けてしまいます。
そうして源氏の身づくろいの際にも立派な帯を差し上げて、みずから着けてあげたりして実の息子のように愛情を注ぐのです。
源氏はそんな左大臣の広い御心に感謝せずにはいられません。


さて藤壺の宮が滞在されている三条邸ではなかなか御子が生まれないとやきもきしながら、とうとう正月を迎え、月も改まってしまいました。
真実を知るのは王命婦(おうみょうぶ)のみなので、みな一体どのような物の怪が宮を煩わせているのかと困惑しております。
そして如月も十日を過ぎた頃に無事に皇子が誕生されました。
宮は大層苦しまれてお産みになられたので、このまま命も消えるかと思われるほどに衰弱されました。
心裡ではこのまま死んでしまえば罪は見逃されて、どれほど楽であろうかともお考えになる。
しかし、弘徽殿女御などが皇子のことを呪わしそうに噂するのが耳に入ると、皇子を遺しては死ねないと御心を強く持ち、徐々に回復されていかれました。
この御子を宿された時から宮は母としての気持ちを育まれてこられたのです。
源氏の君を想う心よりも強く母として子を愛する気持ちが大きくなっておられたのでしょう。

それにしても・・・、初めて愛し子の顔をご覧になった時の宮の御心は如何なものだったのでしょうか?

待望の御子のその面は源氏の君に瓜二つ。
宮はご自分の罪を目の前につきつけられたようで打ちのめされました。
この皇子を見て人は陰ながら真実を言い当ててしまうのではないか。
そうなるとただでさえ帝だけが頼りであるこの身は破滅してしまいます。
世間というものがどれほど残酷なことか、それを思うと背筋が凍るように冷たくなるのです。

王命婦も皇子を拝顔して自らの罪を思い知らされておりました。
そしてこれほどまでに縁の深いお二人であるのに、けして添い遂げられない宮と源氏の君を気の毒に思うのでした。

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