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紫がたり 令和源氏物語 第四十七話 紅葉賀(六)

 紅葉賀(六)

藤壺の宮が御心を煩わせるなか、主上(おかみ=帝)の矢のような催促に抗しきれず、宮は四月の初めに皇子を連れて参内されました。

久しぶりに誕生した皇子の顔を早く見たいと思し召した帝は、政務もそっちのけで藤壺にお越しになりました。
御誕生二月にしては大きく、そろそろ首も座りそうです。
帝はそのお顔をご覧になってこぼれるような笑みを浮かべられました。
「なんと美しい子であろう。あなたの面差しが不思議と亡き桐壺更衣に似ておられるので、源氏によく似た子が生まれたのでしょうか。いや、そもそも美しいものというものは似通うているということなのでしょうね」
帝の言葉が大変ありがたく、宮は救われるような思いでしたが、皇子の顔を見れば源氏の君には知られてしまうと思うと辛くて仕方がありません。
帝はこの美しい皇子の誕生を心から喜んでおられました。
源氏は身分の低い更衣から生まれたもので、後ろ盾もなく、春宮に相応しい器であるのに断念されましたが、この皇子は違います。
まさに『疵なき玉』と喜ばれ、次の春宮にと心づもりをしていらっしゃるのです。

帝はめでたいことだと、早速藤壺にて管弦の宴を催すことにしました。もちろんそこには愛息子である源氏を一番に召されたのは言うまでもありません。
帝は若宮を抱いて機嫌よくされており、側近くに源氏を呼びました。
「こちらにいらして弟宮をご覧なさい。あなたによく似て美しい子ですよ」
などとおっしゃるので、源氏は皇子の顔が自分と生き写しのように思われるのを心苦しくも嬉しく、父帝には恐れ多く、複雑な気持ちで畏まりました。
「この子を大切に面倒みてくださいね」
そう帝が仰せになるので、
「私の力の及ぶ限り、尽くさせていただきます」
源氏は誠を込めて、この愛し子を守ることを誓いました。

敬愛する父帝への裏切りと、まさに若宮は自分の子であると確信した喜びに心を掻き乱された源氏は、自邸で物思いに耽っております。
左大臣邸へと向かおうとも考えましたが、自分によく似た愛らしい皇子の面影が脳裏を離れないのです。
ふと見ると庭には撫子の花が咲き始めています。
その花を添えて宮に歌を贈りました。

 よそへつつ見るに心は慰まで
     露けさまさる撫子の花
(撫子を愛する我が子になぞらえて愛でても少しも心は慰められません。涙があふれてかえって悲しみは増すばかりです)


宮は悲しくこの手紙を読まれ、歌を返されました。

 袖濡るる露のゆかりと思ふにも
     なほ疎まれぬやまと撫子
(あなたの袖を濡らす涙のもととなる子ですが、私には大和撫子のようにかわいい我が子なのです)

源氏はその珍しいお文をありがたくうれしく感じましたが、どうにもならない縁にやるせなく、またぼんやりと庭の撫子を眺めるのでした。

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