見出し画像

エリックさんと戦争 「ちひろ美術館とエリック・カール」

前回に続き、4月23日にちひろ美術館・東京で伺った松本猛さんの講演
「ちひろ美術館とエリック・カール」
のお話です。

絵本作家のエリック・カールさんは米国で生まれのドイツ人。

6歳だった1935年で家族でドイツに戻りますが、それは第二次世界大戦の少し前のことでした。

教育にも自由な雰囲気があふれていた米国から厳しく規制されるドイツの教育への変化はエリック少年にとってとても違和感があったのだそうです。

そんな彼も、ドイツで軍国少年として成長していきます。

印象派などが退廃的とみなされていたドイツでエリック少年が幸運だったのは、彼が絵画が好きなことを知っていてこっそりピカソなどの自由な画家の絵を見せてくれる先生が学校にいたことでした。

(この話を聞いて頭をよぎったのは、ロシアの学校でウクライナ侵攻に疑問を呈したり平和の大切さを訴えた教師が生徒や保護者に密告され、解雇されたり罰金を科されているというニュースでした)

エリックさんのお父さんは、戦争に行く前、息子と一緒に散歩をしては虫のことや自然のことなど、あらゆるものがどんなに面白いかを教えてくれる、楽しくて明るい人でした。

だから、エリック少年はお父さんのことが大好きだったのです。

でも、ドイツ軍兵士として従軍した父は捕虜となり、戦後もソ連の収容所へ。

8年以上の不在の後、ようやく家族の元に帰れた時、彼はすっかり人間が変わっていました。

エリック少年が大好きだったあの明るいお父さんに戻ることは、二度となかったのです。

「だから、彼は平和をものすごく大切に考えていました。
どんなことがあっても戦争をしてはいけないと話していた。

今、彼が生きていたら、なんと言っただろうかと思います。」

猛さんは何度か米国のエリックさんを訪ねているのですが、ある時、エリックさんが絵本作家のモーリス・センダックに引き合わせてくださったそうです。
(センダックさんは「かいじゅうたちのいるところ」などの作品で有名な方です)

エリックさんとセンダックさんはほぼ同じくらいの年代なのですが、ドイツ人のエリックさんに対し、センダックさんの両親はポーランドから米国へのユダヤ系移民でした。

猛さんは
「エリックはユダヤ系のセンダックさんに対してものすごく気を使っていたと思う」
とおっしゃっていました。

「エリックが助けてくれたのは、ちひろ美術館が子供の幸せと平和を大切にしているからだと思います。」

それは、エリックさん自身が大切にしていたことでもあったからです。

その後、エリックさん自身が美術館を作ることになった時、猛さんも手伝って欲しいと言われたのだとか。

かくして、ちひろ美術館をはじめとしていくつかの美術館を参考にして、エリックさんの美術館は2002年にボストン近郊に「エリック・カール絵本美術館」として開館。

特に明記はされていないようのですが、猛さんはエリック・カール絵本美術館とちひろ美術館は姉妹館のような関係だとおっしゃっていました。

また、エリックさんの作品をご存知の方は彼の絵が様々な柄を切りはりした美しいコラージュで作られていることをご存知だと思います。

あのコラージュの元になる様々なデザインもエリックさんご自身の作品で、アトリエに行くと、たくさんの引き出しに色ごとに用紙が分類されていて、彼はそれぞれの下絵にどの模様を使うか紙を切って並べては考えていたのだとか。

「彼はアーティストであり、デザイナー。
事業ということについても考えられる人でした。

人に伝えるには何を削ったらいいか、どこに重点を置いたらいいかを考えられる人でした」

ともすれば伝えたいことを詰め込みすぎて逆に何を伝えたいのかがわかりにくくなってしまうこともありますが、エリックさんは
「より良く伝えるためのデザイン」
ができる方だったのですね。

(「事業」としてたくさんの方に読んでいただける絵本を作ったり美術館を経営して行くためにも、なくてはならない力なのでしょうね)

「はらぺこあおむし」の表紙一つとっても、読者を惹きつけるためにたくさんの工夫がされています。

表紙のはらぺこあおむしのあの顔の向きはなんとなく彼と目があってしまうし、人は目を向けられるものには反応する習性があるのです。

そして、彼の顔の先にある表紙をついめくって先を読みたくなるのです。

また、彼の体の色は緑と赤という、補色(色相関で正反対に位置する色の組み合わせ)の色ですが、補色は人に強い印象を残します。

また、最後の蝶々の色は、あおむし君が食べた様々なものたちの色の組み合わせになってもいるのです。

「とても深くいろんなことを考える人だった。
最初の表紙の裏からも全て仕掛けがしっかり作られている」
という猛さんのお話に、改めてエリックさんの作品を読みたくなりました。

また、エリックさんは人を喜ばせることが大好きだったそうで、猛さんがアトリエを訪ねた時、ある出版前の新作の仕事をしていて、最後のページの仕掛けに猛さんが驚くと、声をあげて喜んでいたのだとか。

今回は長くなりましたので、続きはまた次回に。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

*先日、浜離宮恩賜庭園へ出かけました。
まだ都内で桜が楽しめるなんて!とびっくり!
ボタンや藤なども咲き誇っていました。

カフェで書き物をすることが多いので、いただいたサポートはありがたく美味しいお茶代や資料の書籍代に使わせていただきます。応援していただけると大変嬉しいです。