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赤ちゃん人形

「これは人形なので、つい振りたくなってしまうと思うんですけど、
本物の赤ちゃんだと、振っちゃだめですからね。
隣にタオルを用意しておいて、
振らずにやさしくタオルの上に寝かせて、包んで拭いてあげてください。
最近、ニュースなどでもよく取り上げられると思うんですけど、
揺さぶられ症候群というのがあって……。」

助産師の手によって水面から持ち上げられた赤ちゃん人形から、
ぽたぽたと雫が滴り落ちる。

確かに、これは人形で、そして「練習」をしている間は人形ではない。
さっき私も、夫の「抱っこ」の練習に付き合おうとして、
滑りの悪いシリコンの頭を上手く掌にのせられず、頬をつまみ上げてしまったばかりだ。
最も、本物の赤ちゃんの頭はシリコン製ではないはずだから、
頬をつまみ上げてしまう心配はないだろうけれど。

問題は、それを見ていた夫が、同じように頬をつまみ上げてしまったことだ。
さすがの夫も、本物の赤ちゃんの頬をつまみ上げることはしないだろうが、
はたして、本来の目的である「抱っこ」の練習になっただろうか。

助産師は、ベビーバスのすぐ横に用意されたタオルの上に赤ちゃん人形を寝かせ、
やさしく包んで拭き上げていく。

「このときも、赤ちゃんに声をかけてあげてくださいね。
『身体を拭くよ』とか、『気持ちよかったね』とか、なんでもいいですから。」

赤ちゃん人形は黙ったまま、あらかじめ描かれたあどけない目で、助産師を見つめ続けている。

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