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旨いにA級もB級も無い

私は若い頃、有名イタリア料理店におりまして、それなりに仕事を任されストーブ前で良い汗をかいていた時期がありました。

そのお店での賄いは基本的にイタリア料理でしたが、あまり縛りは無く、高級食材を大量に使わない限り下っ端コックが実験的に色々とチャレンジして作る事には文句を言わない感じでした。ただし、不味いとシェフや先輩スタッフたちは料理を罵倒し手を付けませんので怖かったですけども。

しかし、ただ単純に旨ければ良し、というものでは無かったのが面倒かつ面白いものでした。

その賄いは、たまに和食や中華やエスニックの時もありましたが、そういう時のシェフやスタッフ達の要求が細かいのです。(もちろん本業のイタリア料理の賄いの際の注文も具体的かつ細かい)

例えば「今日の賄いは街中華のギョーザ食おうぜ!」とシェフが言ったら、絶対に高級中華の点心のような美味しさではいけません。いかにも街中華の食材や調味料で化学調味料強めで微妙に過剰な味付け、焦げアリ、油強め、という感じの「街中華的臨場感」が無ければなりません。

「今日は屋台の焼きそばだな!」となれば、ちゃんと鉄板上で乾き気味になっている麺に仕上がっていなければならないしキャベツは少し焦げてカスカスになっている感じが出ていなければなりません。特にキャベツや麺が鉄板上で油と加熱された事によるジャンクで香ばしい風味は絶対に出ていなければなりません。料理としては微妙に物足りない感がありつつ、味付け自体は少し過剰な感じにして・・・

和食系なら、例えば「呑む蕎麦屋ではない店で出て来る蕎麦屋の親子丼!」というリクエストを作る場合、出汁風味メインの薄味にして汁多めで三つ葉をトッピングして仕上げたりしたら顰蹙を買います。蕎麦つゆベースのコントラストの強いガツンとした甘辛味で、丼から直接かっ込んで食べて旨いものでなければなりません。

そういう経験から「成る程、食いもんにはA級もB級もないんだな」という事を良く理解出来ました。

人間はいつもすましたものばかり食べたい訳ではなく、時にジャンクなものも食べたくなるものだし、ジャンクの分野のなかにも色々な美味しさがあり、ジャンクなものの方が身体に合う人もいる。人間は複雑な嗜好と性質を持つ生き物なんだなあと。

お酒だって、毎日毎日良く出来た偉大なワインばかり呑んでいたら疲れますよね。「程々の丁度良いもの」「その時々に美味しく感じるもの」があります。

それと、

「高級料理店の料理人が、あえてB級料理的なものを作ってもサマにならない」

という事も知りました。

いわゆる高級店に勤める料理人が、賄いでそういうものをつくっても、やはりどこか真似事っぽい味になってしまうのです。だからあくまで「っぽいよね?なかなか迫ってるよね?」というレベルだという事を分かった上で楽しんでいたわけです。

料理人にも適正があり、高級系のすました料理が得意な人、ジャンク系の料理だと真価を発揮する人と色々おります。

例えば、都内の冷凍食材など使わない高級天ぷら屋さんで修行をした人で、本人もそういう方向性の料理が得意な人が、故郷に戻った際にランチ営業や出前がメインの天丼屋さんを開店する事になったとして、修行先の高級天ぷら屋さんで修行した料理内容の価格を安くして出しても意外に売れないのです。

求められる料理の質が違うからです。

「仕事の合間の昼休みのご飯が良すぎると食べた後に仕事をしたくなくなる問題」も良く言われますね。仕事の日のランチとしてふさわしいものを食べたいわけです。

日本の会社の昼休みの限られた時間では、すました品の良い天ぷらをしっぽりと出されるよりは、甘辛味のコントラストの強い味の天丼をガガッと食べたいと思う人の方が多いものです。そして技術や素材や接客が高度な高級天ぷら屋さんで修行した繊細で高度な技術を持った人だからといって、そういう料理をその需要にふさわしいように出来るわけでもなく「似て非なるもの」になってしまい、結局上手く行かず閉店、となる。

いわゆるB級料理では食材は良いものは使えないわけですから、あまり良くない食材で美味しい料理を作るスキルが必要なわけです。高級料理とは違う組み立てが必要になります。そこで高級店で修行した「え?俺、冷凍ものなんて使った事無いよ?」なんて人がそれまでの考えと技術のままでは上手く行かないわけです。

私が料理人だった頃に、そういうケースは良くあると聞きました。

私自身も、若い頃に定食系和食店の調理場でアルバイトした際に、そのお店の料理長がホテルの高級和食の元副料理長であったため「街和食」に自分のスキルと感覚を合わせる事が出来ず、売上がどんどん下がってしまい結局辞めてしまったのを目にした事があります。

その料理長は、今までやって来た高級和食を少し調整して献立にしていましたが、今までのお客さまからは受け入れられませんでした。一部のお客さまからは「このレベルの日本料理をこの値段で食べられるのは凄い!」という反応をいただきましたが、殆どのお客さまからは「え?こんなすました味の鰈の煮魚じゃ飯のオカズになんないよ、もっと甘辛くて濃い味のサバの味噌煮が食べたいよ」となったのです。途中からは街和食的なメニューを構成しそういう味付けで出すようにしましたが、しかしなんとなく格好付けた感じが残り、売上は元に戻りませんでした。

イタリア料理で言えば「コース料理のなかのパスタと、単品で完結させるパスタは違う」んだなあとしみじみと思いました。パスタ屋さんで勤めていた人がコース料理のみのリストランテの調理場に入って来る事があるのですが、そういう人に賄いを作ってもらうと「しっかりした味の美味しすぎる仕上がり」になってしまうのです。全く同じ食材と機材を使って、同じレシピと手順で作っているのにそうなるのです。コース料理の場合は、前後に料理があるので前菜であるパスタ単体で完結してしまうような美味しさはダメなのですが、しかしパスタメインのお店ではそれで完結しなければならないわけです。

もちろん、誰に習う事なく、自分の思う事をやり成功する人もおりますが、修行をするのなら、自分が将来的にやりたいお店の形態に近いところで修行する、少なくとも修行の仕上げは短期間でもそういうお店で修行した方が安全、と言えるかも知れません。

・・・以上、料理って色々あるし「美味いに上下は無い」もんなんだな、と理解した思ひ出話でした。


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