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粉雪の乱れ舞う日に

洗い物をしながら、窓の外に目をやった。白いものが、右へ左へと激しく乱れ舞っている。予報は晴れだったのに、こんなに荒れるなんて。息子を保育園に迎えに行くときにはやんでほしいな、とぼんやり眺めていると、記憶の中の同じような景色を思い出した。



高校2年生の帰り道。普通電車しか止まらない駅のホーム。学生服姿のわたしは、かじかむ手にカイロを握りしめて電車が来るのを待っている。目の前は、乱れ舞う白。めったに雪の降らない場所だから、こんな天気の日は心細くて泣きそうになる。


「みつけてほしいけれど、みつけてほしくない」
矛盾した思いをかかえる高校生だった。そのままの自分に価値があると認められたい。ありあまる承認欲求を満たしたくて、匿名で創作のブログを運営していた。その一方で、何もかもが劣る自分を面と向かって指摘されるのは怖くて、学校の先生に名前を覚えてもらいたくもなかった。

文武両道を是とする進学校だった。クラスメイトたちは頭がいいだけではなく、運動もできたし、社交的な人も多かった。女子たちはそのうえオシャレで可愛かった。

自分とまわりの友だちを比べては、自己否定に余念がなかった。目立ちたくないと言いながら、華やかな子たちに目がいった。

男子たちと日常的に輪をつくって、おしゃべりに興じている子たち。小柄でショートボブの似合う、太陽みたいな笑顔の子。くりっとした目が印象的な、花のような美人さん。すらっと背が高くて髪が短くて、からっとした笑い声のハンサムさん。

わたしには、普段から話す男友だちはひとりとしていなかった。もちろん、お付き合いしている人もいなかった。



今になって、不思議に思う。
わたしはどうして、彼女らのようになりたかったのだろう。
勉強も運動もできて、男子とも楽しく話せる素敵な女子になれたとして、何を求めていたのだろう。

その答えは、今ならわかる。
自分で自分を好きになりたい。
だけど、当時のわたしはそれを固く禁じていた。

現状の自分を良しとしてしまったら、努力する理由がなくなってしまう。安定した輝かしい未来――目標の大学に入って、何かしらの安定した職業に就く――にたどり着くためには、現状に留まっていてはいけないのに。

だからいつだって、到底叶わないような高すぎる理想を描いた。まわりにいる子たちと自分を比べて、足りないものを課題として積み上げた。理想に届かない自分に罵詈雑言をあびせ、足を引きずってでも歩みを進めてきた。
誰よりも自分を認めず、そのせいで矛盾する感情にさいなまれるとしても、将来の平穏を守りたかった。高校生のわたしは、ただ未来のために生きていた。


わたしがいるのは、あのころ守ろうとした未来。
15年の時を経て、こちらからあの日の駅のホームへ会いに行くとするなら。
何か伝えられるとするなら――。

『あなたのこと、ずっとみてた。だから、全部知ってる。
あなたが自分のことを否定しつづけていることも、それが努力をやめないための鎖だってことも。
あなたは自分が思うよりずっと、素敵な女の子なんだよ。
その証拠にほら、あなたの日常には、あなたが自分を好きになれる理由もちゃんとあるの。
今は受け入れられなくても、胸のどこかに取っておいて。』



目の前を白いものが乱れ舞う駅のホーム。あの日、わたしはひとりじゃなかった。隣には、周囲への気後れや劣等感を共感できる友だちがいた。

クラスの中心グループにいる男子から、急にメールが来たこともあったっけ。一度も話したことがなかったから、何を企んでいるんだ、と内心大慌てだった。

男子に告白されることはなかったけど、ほかのクラスの女子から「ファンです」なんて言われたことはあったな。


そのままのわたしをみつけてくれた人は、あのころにもたくさんいた。わたしが素直に受け止められなかっただけで。

粉雪が乱れ舞う15年前のあの日。わたしがブログに綴った言葉は、今日の日の邂逅かいこうを予言しているようだった。


雪になりきれない
白く細かい雨が
目の前で乱舞する

冷たすぎる風が
頬を右へ左へとぶつから
似たようなものが
目尻にこみあげた

軽く笑ってみせた
自分のために
もう温かさを宿した自分であると
教えるために

止まぬ風
止まぬ乱舞

もう流されるだけの
自分ではない

春の陽に
昇華させてみせよう
自らの手で

かじかむ温かな手で

2008年2月 高校の最寄り駅のホームにて


最後まで読んでくださってありがとうございます! 自分を、子どもを、関わってくださる方を、大切にする在り方とそのための試行錯誤をひとつひとつ言葉にしていきます。