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【本の感想】クダマツヒロシ『令和怪談集 恐の胎動』

怪談師として、語りもこなすクダマツヒロシ氏の単著一冊目。 本作の収録話は、彼の語りも含めてクダマツヒロシらしい切り口の話が並ぶ。 全31話の中でも、王道の様式を保った怪談もある(「訪問者」「理科室の女」)。 だが、本書に収録されているものの大半は、怪談の定石と外しの狭間をいくような、スレスレのものだ。例えば「御厨子開帳」や「豚の椅子」「恐の胎動」では、生理的嫌悪を衝く描写が隅々まで行き渡っているし、いささか不謹慎な描写を含んだ「エアガン」や「散眼」では、ポップさに反して

    • The Man

      「撃てよ」  身体を撫でる風が鬱陶しい。  激しい嘔吐感にむせたくなる衝動に駆られ、素直に従う。  胃液と鉄が混じり合ったような、とんでもなく胸糞の悪い味が口一杯に広がる。  俺は思った。  全く、ついてない。  目の前のガキを睨みつけた。薄ら汚れた子供が、黒い鉄の塊を握り締めていた。銃口はこちらに向いている。  少女、と言ってもいいガキは、全くもってガキらしくない表情を浮かべ、未だ硝煙の立ち昇る銃を構えたままだ。 「満足か?」  精一杯の気力で、途切れ途切れになりそうになる

      • In A Last Day

         今日、世界が終わる。  何がどうなるのか、とかさっぱりわからない。わからないのだが、とにかく今日世界は終わるらしい。  隕石が降って来るとか、そんなありきたりなものかどうかも知らない。  いきなりどうしてこんなことになったのか、僕にはさっぱりだけど、そういうことだと言われれば、そうなのだと無理矢理納得するしかない。  街へ出れば殺伐とした空気が充満していて、殺気立った群衆が暴徒と化して店や女の人を襲っている――なんてことはなくて、不思議とみんないつも通りだ。  テレビを点け

        • Take Me Far Away

          「どっか行きたい」 「は?どっかってどこだよ?」 「誰もいなくて、新鮮で、すんごく綺麗なとこ」 「また夕の、俺を置いてけぼり妄想はじまった」  はは、真悟の奴、呆れてるし。その顔がもう何て言うか、変でおかしい。  わたしの笑い声に、真悟はからかわれたって思ったみたい。ぷくーっと頬を膨らませた。 「こら、可愛い顔してるんじゃない。キスしちゃうぞ」  でも、本当にどっか行きたい。  誰もいない綺麗な海とか。誰もいなさそうな季節だからこそ、行きたいってのはあるじゃん?  侘びと寂を

        【本の感想】クダマツヒロシ『令和怪談集 恐の胎動』

          Ghost In The Motel

           携帯電話のボタンを押す。  薄闇の中に浮かび上がる、蛍光色の黄緑色。発光するボタンは気持ち悪いほど無機質で、吐き気を催すほど有機的に見える。  安上がりのモーテル。  誰もいない。きっとここは、昔からわたししか住んでない。  唯一の持ち物でもある携帯電話は、汚れることも破損することもなく、わたしの手の中に納まっている。いつ頃から持っているのか、具体的にはわたしは知らない。ううん、わからないと言った方がいいのかも知れない。この携帯電話がわたしの正式な持ち物である、という保障は

          Ghost In The Motel

          RENNY

           銜えたセブンスターに、火を点ける。  ライターの炎が揺らめいて、煙草に移ろう様。それはとても神聖なことのようだ。  厳かな儀式。すぐに終わってしまうものだが、愛煙家ならこの瞬間の味がたまらないことくらい、わかるだろう。  数秒もかからずに、煙の味が僕の身体を浸透していく。  潮の香り。  向こう岸の、工場から漂ってくるオイルの匂い。  海の上を流離う汽笛とサイレン。  つがいで飛ぶカモメたち。  無造作に置かれたテトラポット。  僕がいる場所は、たまらなく寂しくて、人気がな

          月夜のロードサイクル

           心がふっと軽くなったような気がした。  そう思ったのは、わたしの身体が夜風を切ったせいだ。  山道に差し掛かる一歩手前の、畦道。わたしは一人、夜道を自転車で漕いでいた。特にあてがあるわけでもない。単なる逃避。  受験勉強で頭が疲れたのだ。パンク寸前の頭を抱えて、わたしは家をこっそり窓から抜け出した。  もう家族は寝静まっている。  二階の屋根を静かに降り、自転車を引っ張り出し――はじめての夜遊び。夜遊びと言っても、何もない田舎。あてもなく、夜道を漕ぎ回るしかない。けれど、わ

          月夜のロードサイクル