殴られてウシになってしまった女子高校生の話
初めての体験というのは突然やってくるもので。
まさかその日が“男性に思いっきり殴られる最初の日”になるとは夢にも思わなかった。
それは二十数年前の北九州での出来事。まだうら若き女子高生だった頃のお話。
その日、学校が終わり、友達と一緒に帰り道にある本屋に向かっていた。
人通りの少ない学校の裏手にある細い坂をしばらく下っていると、目の前で同じ学校の制服を着た男子生徒一人と、いかにも危ないヤンキーという風体の男二人がなにやら言い争っていた。
よく見ると男子生徒は同じクラスのN君。親しくはなかったが、体が大きく気が強いタイプ。
ヤンキーの二人は見覚えがなく私服だったので、おそらく他校の生徒、もしくは高校生ですらなかったかもしれない。
細い坂なので言い争っている三人の真横を通らないといけないのだが、私も友達もそのただならぬ雰囲気に足が止まってしまった。
「どうしよう?引き返す?」
オロオロしながら友達と相談している間にも、目の前の言い争いはヒートアップ。ついにN君とヤンキーの一人がお互いの胸倉をつかみ合い、今にも殴りだしそうな緊迫した状況に。
学校までは走れば数分で着く。そこで先生を呼んできて止めてもらおう。
それが一番だとは分かっていた。分かってはいたのだが、ここで謎の使命感から無謀な行動をとってしまった。
(止めなきゃ…!!)
友達に先生を呼んでくるよう伝え、自分は一触即発状態の二人の間に「ケンカはやめようよ!!」と陳腐なセリフを吐きながら割って入ってしまったのである。
予想外の乱入に驚いたのか、N君も掴み合っていたヤンキーも一瞬手を離した。
あ、これは収まるか?
そう安堵しそうになったのも束の間、後ろからすごい勢いで肩を引っ張られた。
反射的に振り向いた瞬間、
ゴッ!
左頬に強い衝撃を感じた。
もう一人のヤンキーに振り向き様に顔を殴られたのだった。
不思議なことにその時はあまり痛みはなく、衝撃と熱を感じただけだったので、殴られたことを一瞬理解できなかった。
ケンカに割って入っておきながら、愚かしくも自分が殴られるとは微塵も思わなかったのだ。
殴られたと理解したとき、そのヤンキーに向かってこう怒鳴っていた。
「もう!!」
と。
こんな状況で出てきたのが
「もう!!」
の一言である。
ウシか。衝撃で語彙を失ってウシになってしまったのか。
ウシになったところでケンカは止まるわけもなく、Nくんは目の前のヤンキーを突き飛ばし、私を殴ったヤンキーに掴みかかっていった。
3人が入り乱れてケンカしている修羅場。それをなんとか止めなければと思い、再度無理やり割って入って体で止めようとした。
また殴られた。
「もう!!」
もう一度そう怒鳴った。
さらにケンカは激しさを増した。
無力である。無力なウシである。
現実の厳しさよ。
その直後、通りがかった同じ高校の男子生徒と、続いて駆けつけた先生によって取り押さえられケンカは収束した。
学校に連れ戻され、保健室でもらったアイスパックで頬を冷やしていたら、次第にジンジンとした強い痛みを感じてきた。そのときになってようやく殴られたことを実感。
心配だったNくんは怪我らしい怪我はなかったと聞いて安心した。足手まといの無力なウシとは違ってNくんは強かったのだ。
ちなみにケンカの原因はシンナーを吸っていたヤンキーが意味不明なことを言いながら一方的に絡んできたらしい。二十数年前の北九州では珍しいことではなかった。
その後、助けを呼んでくれた友達には泣かれ、先生たちからは状況を詳しく聞かれ、迎えにきた両親に心配されながら帰った。
家について、興奮も収まり冷静に考えると、本当に余計なことをしてしまったとひどく後悔した。
私が止めに入らなければ殴り合いにはならなかったのでは。
止めるにしても、もっと効果的なやり方があったのでは。
Nくんだけだったらもっと有利にケンカができたのでは。
腫れてしまった頬を冷やしながら、頭お花畑な使命感でとった無策な行動を深く反省した。
しかし、記憶そのままであの日に戻っても、また同じことをするかもしれない。
そのときはちゃんと「もう!!」以外の語彙と骨法の奥義を習得して挑みたいと思う四十代のウシであった。
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