江波気象台

「この世界の片隅に」を劇場に見に行く私の事情

私の原爆の印象は「晴れ」「じりじり暑い」「8時15分で止まった時計」

 オバマ大統領の広島での演説は、晴れ渡った空から原爆が落ちてきた描写で始まった。それは、広島に生まれて平和教育(というか、原爆教育)を存分に受けて育った私にとって毎年8月6日に反芻してきた自分たちの目線の原爆だったので、その冒頭部分だけで心を鷲掴みされてしまったのだ。オバマ大統領は私達の側に立ってくれていると感じてしまったのだ。
 私の祖父は原爆が落ちた時爆心に近い広島城のあたりにいたので、骨も残っていない。大叔母はなんとか自力で宇品の自宅まで戻ってきたが一週間くらいで亡くなったらしい。曾祖父母は庭で遺体を焼いたとのことだったので、まとめて河原で焼かれてしまった人たちに比べると親孝行だったのだろう。他にも身近な被爆者の人たちから色々な話を聞いており、私の中であの日広島のどの辺りがどんなだったかある程度マッピングされていた。そんな風だったので、学校で聞かされる原爆の悲惨さを教えるような教材が自分と地続きでとても怖かった。被爆者の人から直接聞く話より、教材の方が怖かった。恐怖を煽るような演出が加えてあるので当たり前と言えば当たり前なのだ。飛行機の音がすると柱の影に隠れたりしていた。父の勤めていた会社が被曝した建物をそのまま使っていたのだが、中に入ることができなかったし、平和公園のところにある資料館も、当時まだ残っていたいわゆる原爆スラムも怖かった。そういう経緯で私はあまり原爆のことを思い出さないよう蓋をしてしまったのだ。
 蓋を開けたのはこうの史代さんの「夕凪の街」だ。「夕凪の街」は私が怖くて近寄れないと思っていた原爆スラムに住む若い女性が主人公だった。あの街の中でも普通に人が生活して、恋愛もしているというのは私にとって大きな衝撃だったのだ。こうのさんより私の方がより原爆に近い位置にいたのに、被爆者の人から聞いたことを伝えないのはちゃんと義務を果たしてこなかったような気さえした。そこで、私は「夕凪の街 桜の国」を買って子供の通う小学校の図書館に寄付したり、先生たちに読んでもらったり、書評書いている編集部に送ったりと勝手に広報活動をした。もう被爆者の人はずいぶん少なくなってしまい、直接経験していない私達の世代が伝聞でも伝えなくてはならない時代になっていたからだ。
 そんなこともあって、「この世界の片隅に」のクラウドファンディングにも参加して応援させてもらった。「この世界の片隅に」の舞台の呉は広島とは近いけれど少し距離がある。キーワードは大和、軍港の街だから空襲があったらしいくらいのことは知ってはいたのだけれど、呉の空襲がどの位の規模だとかどんなものだったかは知らなかった。それを、日常的な視点から教えてくれたのがすずさんだ。

アニメ「この世界の片隅に」は期待以上で打ちのめされる

「この世界の片隅に」は映画館で観るのを強くお薦めしたい。もちろん原作も読んで好きだったし、アニメ化するという話を聞いたとき、片淵監督の「花は咲く」を見てこうのさんの作品をそのままの雰囲気でアニメにしてくれることが期待できたので、安心して楽しみにすることができた。ところが、ところがだ。期待以上だったのだ。まず音だ。まんがには音がないから当然なのだけれど様々な音が耳からだけでなく身体に振動で直接伝わってくる。戦争中のお話なので爆撃の音の迫力とか空間の広がりが感じられる立体感とかももちろんだが、ちょっとした生活音もとても自然でよい。最初に音響のすばらしい立川の映画館で観たのでこんなに音響に包まれる感じなのかと思ったのだが、その後近所のシネコンで観ても音響がとてもクリアで広がりがあった。次に画面全体に広がる風景だ。呉は三方を山に囲まれており街がボールの内側にくっついたように一望できるので、映画館の大きな画面にころんと全部街の風景が入ってしまう。たんぽぽが揺れるあぜ道の風景が海を通して広島に繋がっている。広い空に花火のように色とりどりの煙が咲いたり、焼夷弾の軌跡が描かれる。まんがよりもより肌の近くに当時の雰囲気を届けてくれるのだ。
 空襲の話は人に聞いたり、映画やドラマ他様々な物語で見るけれど、どれも主に伝えたい恐ろしさを表現することに力が注がれているので、広く周囲の様子とか全体とかが描かれることは少ない。ところが「この世界の片隅に」では爆撃機から落とされる焼夷弾がばらばらと縦横無尽に広がっていく様子が空からの視点で描かれ、すごい勢いであちこち落ちてきて爆発してしまう。これじゃあ直撃されても火事に巻き込まれても仕方ない、たまたま当たらなければ生き延びることもあるかも、という恐らく当時の人の感覚がわかる。瓦礫と化していくかつて人の暮らしがあった街並み。ちょっと運が悪ければ死んでしまう状況が日常になっていく感じ。少し震災直後の始終地震速報が鳴っていた頃を思い出す。そうして物語に没入しているところに、原爆のキノコ雲が画面に広がる。キノコ雲を外から見るなんて!

キノコ雲を呉で見たすずさんの気持ちってどうだったんだろう

 キノコ雲の下で起こっていたことだけを見て近視眼的になっていた私に外から原爆のことを見る視点を教えてくれたのが「この世界の片隅に」なのである。頭では、原爆ばかりが戦争の酷いところではなくて、伝えていかなくてはならない戦争の傷跡は世界中にあるのは分かっているし、私はたまたま広島生まれだから広島の原爆を通して戦争を見ているけれど、東京の子どもたちは東京の空襲から学べばいいと考えてはいた。けれど、外から見たらどうだったんだろうと実感を伴って思うことができたのは、この映画を映画館で観たからだ。目からウロコが落ちるような思いとはこのことだと思った。原爆が投下されてから71年の昨年、オバマ大統領の来広と「この世界の片隅に」で原爆に対する自分の視点を知ることができ、広げることができた。また劇場に見に行きたいと思う。

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