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【北欧読書3】 北欧の公共図書館 賑やかな対話空間への道のり(3)

静かな空間には戻らない

長い助走期間を経て賑やかになった北欧の公共図書館。今では図書館でおしゃべりすることに疑問を持つ人は誰もいない。とある週末に訪ねた図書館では、小さな図書館を思い切り暗くして大音響で映画上映をしていた。明るくて静寂な図書館は北欧ではいつも見事に裏切られるのだ。

北欧の公共図書館では80代、90代の常連利用者は決して珍しくない。図書館訪問が日々の生活の拠り所となっている人も多い。そういう人たちは静かな頃の図書館を知っているから、静かな時代の図書館はよかった……と心の中では思っているのかもしれない。しかし仮に図書館内の静寂にノスタルジーがあったとしても、半世紀かけて進化してきた公共図書館が再び静かな空間に戻ることは決してないのだ。一方、図書館デビューが遅かった人は「孫にも聞けないスマートフォンの操作をマンツーマンで教えてくれる場所」とか「メールで送られる年金記録に一緒にアクセスしてくれる親切な司書がいる場所」として公共図書館を認識していることだろう【注9】。

すべては平等を実現するために

北欧公共図書館の実際の様子を紹介してきたが、こうした日々の図書館サービスを支えるのは文化的平等というフィロソフィーである。平等を何よりも優先させる思想は、北欧社会の隅々にまで行き渡っている。何かアクションを起こす時に、真っ先に問題になるのは、それが平等であるかどうかである。本稿で述べてきた北欧の図書館の特徴は実は図書館の特徴ではなく北欧社会の特徴なのであり、その中で公共図書館が担うのは、文化と情報の格差をなくし文化的不平等を減少させることである。

そのことは例えば北欧の公共図書館員のコンピュータゲームに対する考え方に、よく現れている。日本の図書館でコンピュータゲームを提供しているところは、ほとんどない。しかし北欧のほぼすべての図書館がコンピュータゲームを提供し、コンピュータゲームを扱うことに対して否定的な考えは一切ない。

マンガやコンピュータゲームに対する司書の意見は、2つに集約できる。第1に娯楽のためのメディアを、公共図書館における資料の多様性と結びつけて考えている。図書館には学習・研究のための資料もあれば娯楽のための資料もある。メディアの種類をとっても、図書、視聴覚資料、データベース等、多岐にわたっている。コンピュータゲームは、そのような幅広いメディアのうちの1つとして位置づけられているのだ。第2にコンピュータゲームが子どもたちの間で広く人気があるにもかかわらず、それを個人的に手に入れて遊べる子どもとそうでない子どもいるということは不公平である。どの家庭の子どもであっても、みな平等にゲームを楽しむ権利があり、メディアにかかわる子ども同士のギャップは図書館が埋めなければならないと考えるのである。

情報・文化アクセスの平等性に関わる別な例を紹介したい。北欧には職員不在時に図書館が使える「オープンライブラリー」の制度がある。住民は保険証カードとパスワードを使って入館し、セルフサービスで図書館を使えるのだ。最初にオープンライブラリーの仕組みを取り入れたのは、デンマーク北部の小さな村だった。予算削減のために分館閉鎖が持ち上がった時、村は図書館の閉鎖ではなく職員不在でも図書館を使えるようにする仕組みの導入を選択した。

小さな村のたった1館から始まったオープンライブラリーだが、現在デンマークの公共図書館の半数以上がこのシステムを導入している。そして導入後、犯罪や器物損壊といった事件はほとんど起こらなかった。すべての図書館で資料の貸出・返却が機械で行われていること、資料の持ち出し防止装置(BDS)が普及していること、人件費が高いため図書館に限らずセルフサービスが普及していること、防犯カメラの高性能化など、いくつかの理由が重なってオープンライブラリーはデンマークで定着した。

館内のコーヒーもセルフサービス(デンマーク・ドムスビスタ図書館)筆者撮影

今ではノルウェー、スウェーデン、フィンランド、オランダなどにも、オープンライブラリーが広がっている。この仕組みが成功した最大の秘密は、デンマークが人と人とがお互いに信頼し合う「社会信頼度」が飛び抜けて高い国であったからだと分析されている【注11】。オープンライブラリーもまた情報と文化への平等なアクセスを担保するための仕組みである。

エピローグ 賑やかさと落ち着きと

北欧で最初の図書館ショックを受けてから15年ほど経った。今では、北欧の図書館はペットと一緒に来館できるとか【注11】、国立図書館のオープニングイベントで、閲覧室をステージにヒップホップダンスが上演されたといったニュースを聞いても驚かなくなったし、むしろ「北欧らしいな」と感じられるほど免疫ができた。

そして最近は北欧の図書館に行くと、賑やかすぎる図書館でただひたすら本の世界に浸る利用者の姿がなぜかとても気になるようになった。メーカースペースやユニークなイベントを通じて図書館の新しい可能性を絶え間なく提示する図書館側の姿勢とは裏腹に、読書空間としての図書館への要望は北欧でもやはり相変わらずとても強いのだ。そのことを賑やかな図書館に日参して読書に没頭する熱心な読書家たちが教えてくれる。

読書に没頭する利用者(フィンランド・ムンキニエミ図書館)筆者撮影

北欧の図書館は半世紀の間、相反する要求に応えるべく試行錯誤を重ねてきたといえるだろう。その結果、1つの空間に多様な目的と機能を持った空間を複数重ねることで、館内に賑やかさと落ち着きが共存し利用者の多様なニーズを叶えている。だから1人の利用者が来館中に複数の空間を往来することができるし、また長期的スパンで見るとライフステージのどの段階で図書館を訪問しても、必ずどこかに自分のスペースが見つけられるようになっている。これは公共施設としての公共図書館の最大の魅力ではないだろうか。

情報・文化のアクセスの保障機関として図書館を捉える考え方は、図書館界では共有されているが、北欧ではその考え方が一際強く徹底している。長きにわたって構築されてきた社会・生活・文化保障制度や強靭な民主主義社会の伝統が公共図書館サービスのあらゆる面に反映しているし、図書館もまたそうした制度を成立させるための中核的な機関として地域を支えてきた。住民は高額の税金が社会福祉や教育など生活に直結する政策のなかでに再配分されることを理解し納得しているので、公共図書館を利用する人もしない人も落ち着いてコミュニティの図書館を見守っている。私はこうした成熟した住民の姿勢が北欧公共図書館の最大の強みであるように思える。

注9) 高齢者のIT支援プログラムは公共図書館の最も重要な役割である。図書館はさまざまなタイプのプログラムを準備してITに不慣れな高齢者を支えている。前掲6, p. 224-226.

注10) 吉田右子『オランダ公共図書館の挑戦:サービスを有料にするのはなぜか?』新評論, 2018, p. 207-208. https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1102-8.html

注11) 吉田右子, 小泉公乃, 坂田ヘントネン亜希『フィンランド公共図書館:躍進の秘密』新評論, 2019, p. 171. https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1139-4.html

この記事は、一般社団法人日本カルチャーデザイン研究所の機関誌『Cul De La』4号 p. 58-69から転載しました。日本カルチャーデザイン研究所(http://jcdlab.com/index.html)は、演出家で小布施町立図書館(2011年Library of the Year 受賞)元館長の花井裕一郎氏によって、豊かな文化・教育施設やまちづくりのために組織や制度の枠を超えて人々をつなぎブリッジングするために設立された一般社団法人です。同研究所は<「美点凝視」の追求により本質的な価値を創造すること>をミッションとして掲げ、全国の図書館をはじめとする公共・民間文化施設、教育機関、都市空間をデザインする活動を展開しています。

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