吉田右子/Yuko Yoshida 北欧読書/図書館研究

北欧の公共図書館について研究しています。主著『デンマークのにぎやかな公共図書館』『オラ…

吉田右子/Yuko Yoshida 北欧読書/図書館研究

北欧の公共図書館について研究しています。主著『デンマークのにぎやかな公共図書館』『オランダ公共図書館の挑戦:サービスを有料にするのはなぜか?』https://www.shinhyoron.co.jp/978-4-7948-1102-8.html

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  • 北欧読書

    「子どもの頃には誰もが行く公共図書館。でもそのうちに足が遠のいてしまう。毎日の生活に終われ時間が過ぎていき、図書館に通った日々をいつしか忘れてしまう。でもふと気づくと「少しだけ」時間に余裕ができていることを発見する。そしてまた図書館に通う日々が始まるのだ。なぜならすべての人に開かれた図書館が「そこにあるから」。これは私の思い描く未来の光景であるとともに図書館に通った人の多くが共感してくれるに違いない図書館との関わり方である。そんな未来が来るように図書館は<いつもの場所に>あってもらわなければならないのだ。」(『オランダ公共図書館の挑戦』p. 241-p. 242より)

最近の記事

【北欧図書館の仕掛け0】小さな革命

「北欧図書館の仕掛け」という短文シリーズは、公共図書館の分館、学校図書館、公民館図書室など小規模図書館がすぐに取り入れられる(かもしれない)ヒント集です これまで北欧の公共図書館について本を執筆しながら図書館の違いと同時に、その普遍性について同じぐらい強く感じてきました。図書館の制度的側面は国や地域によってまったく異なっていますが、情報と文化の公正なアクセスを全住民に保障するという公共図書館の理念は共通しています。 図書館がその理念を実現するために取る方法は、読書推進で

    • 【北欧図書館・最前線1】スウェーデンから「春のゲリラ読書」

      <スウェーデン図書館協会のニュース記事から>  4月23日はユネスコが定めた「世界本と著作権の日(World Book and Copyright Day)」。この日、スウェーデンのカトリーネホルム図書館(Katrineholms bibliotek)の司書数名が恒例となった「春のゲリラ読書」のために、自転車の荷台に本をたくさん積み込み図書館を出発した。スウェーデンの4月は気候がまったく読めない。20度まで上がる日があれば雪が降ることもある。この日は強風で気温もかなり低かっ

      • 【北欧図書館の仕掛け3】壁に<しまうま>描きませんか?

        オランダ・アムステルダムのアイブルフ図書館は、白木の書架が印象的な小さな分館である。いかにも近所の人がふらっと立ち寄れる雰囲気のある図書館で、まさしく「リビングルームの延長」として地域住民に利用されている。その児童室で出会ったのが、ドアに描かれた<しまうま>だった。 北欧やオランダでは壁に絵が描かれている図書館が結構ある。デンマークのある分館では児童室のリニューアルにあたり、地元で活動するアーティストに壁一面に絵を描いてもらったと聞いたこともあった。 作家はもちろんのこと

        • 【北欧図書館の仕掛け2】本当に必要な情報を確実に届ける方法

          北欧諸国には難民が多数居住しているため、公共図書館では住民の民族的多様性を反映した多言語資料の収集と提供を積極的に行っている。ヴェスタブロー地区は、コペンハーゲン市の中央駅から南に広がる地区である。とりわけ多くのマイノリティ居住区が集中しているヴェスタブロー図書館(Vesterbro Bibliotek)には2000年代の終わり頃、ウルドゥ語(パキスタンの国語、インドの公用語の一つ)、トルコ語、アラビア語、ペルシャ語、ベトナム語、パンジャーブ語(パキスタンとインドで話される言

        【北欧図書館の仕掛け0】小さな革命

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        • 北欧読書
          7本

        記事

          【北欧図書館の仕掛け1】アーティストに壁を貸す

          北欧では公共図書館がアーティストとコラボレーションする話をはよく聞く。それはデビューしたばかりの作家が図書館を訪問して新作のプロモーションをすることだったり、俳優が図書館で演劇のワークショップを開催することだったり、とにかくいろいろな芸術プログラムが図書館で開催されるのだ。ある日、図書館を訪ねるといつもは素通しのガラスの一面が、インスタレーションの対象素材になっていて、メッセージで埋め尽くされていたこともあった。図書館とアートはとても相性がよい。 図書館のスペースを新進のア

          【北欧図書館の仕掛け1】アーティストに壁を貸す

          【北欧読書10】暗闇に寄り添って本を読む

          スカンジナビア・バルト諸地域の公共図書館では一年に一度、もっとも夜が長くなる季節に、みんなで一緒に同じ本を読む習慣がある。それが「北欧読書週間」。 北欧公共図書館の神話 北欧の図書館については結構神話が多いような気がする。たとえばこんな神話だ。「北欧では公共図書館がとてもよく使われている。老若男女問わず、住民がみんな一年中図書館を訪れている……」。 実際は図書館の開館時間はフルタイムで働いている人の勤務時間帯とほぼ重なっているので、誰でも使えるというわけではない。もちろ

          【北欧読書10】暗闇に寄り添って本を読む

          【北欧読書9】 進化がとまらないヘルシンキの図書館Oodi

          Oodiとはフィンランド建国100年を記念して作られたフィンランド・ヘルシンキにある公共図書館である。Oodiとはフィンランド語で「頌歌」を意味する。やや古めかしい意味を持つこの施設は、サービスの充実度、建築の素晴らしさ、住民の圧倒的な支持などから2018年12月の開館以来、世界一の公共図書館と称されている。 あらゆることを可能にする図書館とは? Oodi(正式名称はHelsingin keskustakirjasto Oodi)はフィンランドの首都ヘルシンキ中央駅から、

          【北欧読書9】 進化がとまらないヘルシンキの図書館Oodi

          【北欧読書8】 オランダ公共図書館:図書館カードさえあれば社会とつながれる     

          オランダは北欧と同様、福祉や文化への公的支援が手厚いことで知られ、そうした公的援助を積極的に享受すると同時に徹底した個人主義を追求する人びとが暮らす国として知られる。そんなオランダの公共図書館について紹介したい。  オランダの公共図書館には、世界でも稀に見る有料会員制度がある。この制度に関しては新自由主義の影響によるものだと誤解されることが多いのだが、それは事実とは異なっている。オランダで公共図書館制度が確立したのは20世紀初頭のことであったが、当時の図書館は自治体の公的機

          【北欧読書8】 オランダ公共図書館:図書館カードさえあれば社会とつながれる     

          【北欧読書7】 デンマーク公共図書館と文化民主主義:作家に補償金を払う理由     

          図書館の世界でトップを走るデンマークの公共図書館、その揺るぎない強さを支えるのは「文化民主主義」という思想と、どこに住んでいても平等なサービスが保障される図書館ネットワークである。 1964年「公共図書館法」が変化のきっかけだった  格差のない社会の実現を最重要視するデンマークにおいて、公共図書館は一貫して文化へのアクセス保障と教育のための機会均等を掲げてきた。1964年「公共図書館法」は図書館の目的を「図書やその他の適切な資料を無料で入手できるようにすることにより、知識

          【北欧読書7】 デンマーク公共図書館と文化民主主義:作家に補償金を払う理由     

          【北欧読書6】 読書施設としての図書館は滅びるのか?

          魅力的なプログラムが目白押しのマルチカルチュラルな文化空間となった公共図書館で、読書に没頭する利用者は「古き良き時代の図書館にこだわる時代に取り残された人びと」なのだろうか。 文化と情報の総合センターになった図書館  北欧の公共図書館が伝統的な本の館であったのは、1960年代までである。その後、図書館は徐々に変化し、21世紀の今、そこは文化と情報の総合センターである。さまざまなサービスが展開される中で、「3Dプリンタの使えるラボ」「コワーキングスペース」「起業支援」「フィ

          【北欧読書6】 読書施設としての図書館は滅びるのか?

          【北欧読書5】 21世紀の公共図書館で起こっていること

          公共図書館はもはや静寂な場所ではない。そこは情報と人が行き交うにぎやかな場所だ…… 図書の館から知識と文化の総合施設へ  私たちがよく知っている、無料で住民に公開された公立の図書館が世界各地に作られたのは、19世紀中頃から20世紀の初期にかけてである。それから公共図書館は100年以上をかけて、目まぐるしく変化を続ける社会とともに成長していった。  成立初期の公共図書館は文字通り本で埋めつくされていたが、新しいメディアが社会に出現するたびにそれを取り込んできた。その結果、現

          【北欧読書5】 21世紀の公共図書館で起こっていること

          【北欧読書4】 少数話者言語と公共図書館

          公共図書館での本の貸出しが無料であることに疑問を抱く人は、あまりいないかもしれない。でもよく考えてみると、それは奇跡のような仕組みである。そしてノルウェーはさらにその一歩先を50年以上前から歩んでいた…… 知られざる図書館大国ノルウェー ノルウェーは知られざる図書館大国である。すべての自治体に設置された公共図書館を中心に、国の隅々まで公共図書館が浸透している。ノルウェーといえばフィヨルドが有名だが、あの切り立った岩壁の中まで図書館船が入っていって、住民に図書館サービスを行

          【北欧読書4】 少数話者言語と公共図書館

          【北欧読書3】 北欧の公共図書館 賑やかな対話空間への道のり(3)

          静かな空間には戻らない 長い助走期間を経て賑やかになった北欧の公共図書館。今では図書館でおしゃべりすることに疑問を持つ人は誰もいない。とある週末に訪ねた図書館では、小さな図書館を思い切り暗くして大音響で映画上映をしていた。明るくて静寂な図書館は北欧ではいつも見事に裏切られるのだ。 北欧の公共図書館では80代、90代の常連利用者は決して珍しくない。図書館訪問が日々の生活の拠り所となっている人も多い。そういう人たちは静かな頃の図書館を知っているから、静かな時代の図書館はよかっ

          【北欧読書3】 北欧の公共図書館 賑やかな対話空間への道のり(3)

          【北欧読書2】 北欧の公共図書館 賑やかな対話空間への道のり(2)

          北欧の公共図書館もかつては静かだった ところで、なぜ北欧の公共図書館は会話ができる空間になったのだろうか。文献を調べたり司書に聞いたりしてわかったのは、北欧の公共図書館も50年前は完全な静寂空間であったという事実である。今でこそ対話と議論の空間として認識される公共図書館も、半世紀前は日本の大部分の図書館がそうであるように、誰一人としておしゃべりはせず、みんな黙って本を読んでいたのだった。 現在の賑やかな対話空間への変身までには、長い時間がかかった。デンマークでは、そのきっ

          【北欧読書2】 北欧の公共図書館 賑やかな対話空間への道のり(2)

          【北欧読書1】 北欧の公共図書館 賑やかな対話空間への道のり(1)

          公共図書館でみんなおしゃべりをしている! はじめて北欧の公共図書館を訪問したのは2006年8月のことだった。コペンハーゲン市中央図書館に足を踏み入れたときの衝撃は今でも忘れられない。というのも利用者が館内で自由におしゃべりをしていたからだ。ショックはさらに続いた。静かに勉強をしている利用者の傍にはサンドイッチらしきものとバナナと水筒が置いてあった。そして手を休めたかと思うと、そのランチをいきなり食べはじめたのだった。それまで作り上げてきた図書館のイメージが、目の前で音を立て

          【北欧読書1】 北欧の公共図書館 賑やかな対話空間への道のり(1)