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【北欧読書5】 21世紀の公共図書館で起こっていること

公共図書館はもはや静寂な場所ではない。そこは情報と人が行き交うにぎやかな場所だ……

図書の館から知識と文化の総合施設へ

 私たちがよく知っている、無料で住民に公開された公立の図書館が世界各地に作られたのは、19世紀中頃から20世紀の初期にかけてである。それから公共図書館は100年以上をかけて、目まぐるしく変化を続ける社会とともに成長していった。
 成立初期の公共図書館は文字通り本で埋めつくされていたが、新しいメディアが社会に出現するたびにそれを取り込んできた。その結果、現在では本だけでなく、視聴覚資料、オンライン資料など多様なメディアを取り扱う場所となっている。時代とともに変化したのは、メディアの種類だけでない。図書館の活動は資料の貸出から、知識と文化に関わるあらゆるサービスを提供する場へと徐々に変化していった。公共図書館はもはや静寂な場所ではない。そこは情報と人が行き交うにぎやかな場所だ。

図書館の駐車場で無料WiFiを使う

 図書館は20世紀初頭から、新たに社会に出現したメディアを館内に取り入れることに、とても貪欲だった。新しいメディアは大抵の場合、ものすごく高価だから一般人には手が届かない。公共図書館は住民のためにいち早くそれらを取り入れ、図書館で利用者に向けて無料で公開した。アメリカでは、公共図書館がラジオやテレビの共同視聴の場となっていたのである。
 だからインターネットが登場したときにも、直ちにその新しい世界を住民に示してみせたのは、やはり公共図書館だった。そしてインターネットにアクセスできない人を、アクセスできるように変えていくことを使命として、その普及に努めた。そんな経緯があるから、アメリカでは図書館をインターネット接続の場として認識している人も多い。
 経済的な理由でインターネットへのアクセスの手段を持たない人にとって、公共図書館は世界と繋がる唯一の拠り所でもある。COVID-19が猛威を振るい図書館が閉館していた時でさえ、Wi-Fi アクセスを提供し「図書館の駐車場で自由にインターネットに接続してください」と住民に呼びかけたのだった。

にぎやかな図書館へと変身を遂げたわけ

 20世紀に情報・メディアへのアクセスを保障することを基本的理念として掲げ、知識と情報の提供、教育のための機会の拡張を掲げて発展した公共図書館。21世紀に入ってからは、情報と文化への接触の場所、他者との出会いや議論の場所となることを、将来の方向性として明確に定めた。
 こうした方針を打ち立てた背景には、社会的に困難な状態に置かれた住民の中に、リテラシーとITスキルに問題を抱える人が少なくないこと、マイノリティが孤立状態に置かれているという深刻な状況があった。社会的包摂の場、社会的・文化的格差を埋める教育施設としての役割が、公共図書館に強く期待されたのだった。

写真1   無料語学プログラムで学ぶ移民とデンマーク語を教えるボランティア(筆者撮影)

DIYの道具は図書館で借りよう

 こうして海外の公共図書館は資料の提供を基調としながらも、文化に関わるあらゆる事業を引き受けることとなった。そしてその過程で、静寂の象徴であった図書館という場所は、地域の住民がいろいろな目的を持って集まる、にぎやかな空間へと変貌を遂げた。
 今や公共図書館で貸出すものは本だけではない。電子書籍を読むためのタブレットを貸出すことは珍しくないし、アメリカでは随分昔から、工具の貸出を行っていた。フィンランドでは、ノルディックウォーキングのポールまで図書館で借りることができる。図書館で植物の<種子>を貸し出し、それを育てて実った<種子>を図書館に返却する「シードライブラリー」も、世界で流行している。公共図書館はシェア文化の先駆者でもある。

写真2   図書館からノルディックポールを借りて散歩に行こう! (筆者撮影)

コスプレ用衣装を縫うのは図書館の仕事?

 公共図書館で開催されるプログラムの方は、さらに「何でもあり」である。公民館が存在しない海外において、公共図書館は地域センターの役割を果たしている。公共図書館では、料理教室からブレイクダンス講座に至るまで、およそ思いつくことは何でも行われているといっても過言でない。
 保育園に司書が出向く出張読み聞かせや、低所得者を対象とした無料法律相談会の開催は、図書館の仕事の延長だと何とか納得できる。それでも図書館でスタッフがティーンエイジャーとコスプレ用衣装をミシンで縫ったり、ピクニックセットを貸出したり、学校の給食がない時期にランチを配っているという話を聞くと、「えっ?そんなことまで図書館の仕事?」と違和感を感じてしまうかもしれない。しかし、どれも大切な図書館の仕事なのである。

変わりゆく図書館で変わらないもの

 現在、公共図書館で実施されているサービスは、伝統的な資料提供からあまりにも距離があり、しかも活動がかなり広範囲にわたるため、一見まとまりがないようにも見える。しかしそこには、公共図書館の存在基盤に関わる一本の揺るぎない哲学が貫かれている。公共図書館は「情報・文化へのアクセスの公平性を担保し、学習機会を平等化する<文化保障装置>」だということ。これは公共図書館が成立した19世紀半ばから21世紀の今に至るまで、まったく変わることのない図書館の理念である。
 時々の社会の変化に合わせて、サービスの様態を柔軟に変えてきた公共図書館は、文化へのアクセスや学習権といった基本的人権と直接つながる最も敷居の低い文化機関として、ずっと私たちを支えてきたのである。

■シードライブラリーについてもっと知りたい方へ
Richmond Grows
https://www.facebook.com/RichmondGrowsSeeds/https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/record/2003938/files/toshokankai_74-1-20.pdf

■持続可能性に取り組む図書館プロジェクト
DYRK! dit bibliotek(デンマーク語)
https://www.aakb.dk/nyheder/inspiration/dyrk-dit-bibliotek

写真1
吉田右子『デンマークのにぎやかな公共図書館』新評論, 2010,  p. 152
写真2
吉田右子・小泉公乃・坂田ヘントネン亜希『フィンランド公共図書館』新評論, 2019, p. 212

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