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【北欧読書10】暗闇に寄り添って本を読む

スカンジナビア・バルト諸地域の公共図書館では一年に一度、もっとも夜が長くなる季節に、みんなで一緒に同じ本を読む習慣がある。それが「北欧読書週間」。

北欧公共図書館の神話

北欧の図書館については結構神話が多いような気がする。たとえばこんな神話だ。「北欧では公共図書館がとてもよく使われている。老若男女問わず、住民がみんな一年中図書館を訪れている……」。

実際は図書館の開館時間はフルタイムで働いている人の勤務時間帯とほぼ重なっているので、誰でも使えるというわけではない。もちろん図書館は住民から支持されていてとてもよく利用されているが、「誰もが年中訪問する」というほどではない。毎日行く人もいれば、一年に一度も行かない人もいる。

季節による利用の違いについての神話もある。「夏はみんな休暇に出掛けてしまって図書館は空っぽ……。冬は寒い気候のせいで行動範囲が限られるから、みんな一斉に図書館に押しかけて読書に勤しむ……」というものだ。

夏に読書の機会が増える人たちもいる。そういう人たちは、いつまでも明るいので図書館でゆっくり過ごしたり、戸外での読書を楽しんでいる。一方、冬は室内で過ごす時間が多くなるので、たしかに読書の時間は増えるし図書館もよく使われる。だが冬はウィンタースポーツに打ち込んで、図書館からすっかり足が遠のく人も一定数いる。ごく当たり前の結論だが、図書館の利用頻度や利用のタイミングは人それぞれなのだ。

図書館でノルディックウォーキング用のポールの貸出し!

図書館から住民への冬のプレゼント

それでも暗い時間が長く続く冬に、図書館が明るい照明をつけて開館しているのを見ると心が温かくなる。朝9時になっても外は明るくなる気配がなく午後2時過ぎると暗くなり始める季節には、図書館が存在しているだけで救われる気持ちがする。

そんな季節に図書館は住民に特別なプレゼントをする。それが日曜日の特別開館である。ヨーロッパでは基本的には日曜日には活動は平日と比べてトーンダウンする。お店はほとんど閉まっているし、図書館も休館している。だが10月から3月まで、ちょうど日が短くなり暗い時間が多い時期になる10月に日曜日の開館がはじまるのだ。10月は日本ではまだ暖かく快適なシーズンだが、北欧では初雪が降り長く暗い冬のトンネルに入る季節である。

冬の日照不足を補うためのセラピーライトが置かれている
(フィンランド・ポフヨイスハーガ図書館)

図書館で編み物しよう!

この時期の図書館の定番プログラムと言えば、編み物カフェだろう。みんなが編み棒と毛糸を持って図書館に来て、おしゃべりをしながらお茶を飲みながら自分の作品を仕上げていく。北欧の公共図書館は公民館や市民センターを兼ねた施設だから、図書館に来る目的は様々である。もちろん本を借りたり読書のために来館する人が中心とはいえ、驚くほどいろいろな活動がそこでは行われている。その一つが冬の間の編み物カフェである。「みんなで集まって、一緒に編み棒を動かしましょう」というシンプルなプログラムを初めて知ったとき、とても北欧らしいなと思った。

フィンランドでは「編み物カフェ」がさらに進化を遂げ、編み物をしている時間に司書が本を朗読してくれるプログラムもある。こんな幸せな時間の過ごし方がほかにあるだろうか。

編み物カフェは北欧公共図書館の定番メニュー
(フィンランド・ムンキニエミ図書館)

黄昏を楽しむ

北欧の人びとが黄昏を楽しむ名人であることは、ありとあらゆる種類のカラフルなキャンドルで埋め尽くされたスーパーマーケットのキャンドル売り場のサイズを見てみるとすぐわかる。暗さを楽しむのは冬だけでない。季節を問わず、夕方になって少し暗くなるとまずその暗さを楽しむ。いよいよ暗さが迫ってきてもまだ電灯をつけず、次につけるのはキャンドルである。そして真っ暗になってからやっと電灯をつけることになるが、その灯りの照度が、日本の感覚からするとかなり暗いのである。図書館にしても煌々と蛍光灯をつけているところは少ないように感じる。

図書館なのにかなり暗めの照明(オランダ・ファン・ダー・ペック図書館)

「北欧文学週間」がやってくる

そんな暗さを楽しむのに一番適した季節に、スカンジナビア・バルト諸国では「北欧文学週間」が開催される。1995年に始まったこのイベントはすでに開始から25年以上が経過し、毎年16万人以上が参加するという。開始直後は「北欧図書館週間」という名称の大人向けのイベントであったが、その後「北欧文学週間」と名称変更し、子どもも参加するようになり、今では学校や保育園でもこのイベントが行われるようになった。

同日同時間に同じ本を共有する

2023年の読書週間は11月から13日から19日まで。テーマは「北欧のクリスマス」が選ばれた。イベントのために子どもと若者向けの本、大人向けの本がそれぞれ一冊ずつ選ばれ、読書週間の初日はキャンドルに火を灯して、それぞれの図書館で児童向けの図書は朝9時に、大人向けの図書は夜7時に、参加各国で同じ時間に同じ本が朗読される。

2023年に児童向けに選ばれたのはアストリッド・アンナ・エミリア・リンドグレーン(Astrid Anna Emilia Lindgren)の『エミールとねずみとり』(Nya hyss av Emil I Lönneberga)(邦訳:尾崎義訳, 1982, 講談社, 227ページ)、成人向けに選ばれたのはイングヴィル・H・リースホイ(Ingvild Hedemann Rishøi)の『スターゲート:クリスマス・ストーリー』(Stargate: En Julberättelse)である。

少数話者言語を図書館が守り継承する

2023年の「読書週間」にはスカンジナビア・バルト諸地域からは、アイスランド、オーランド諸島、エストニア、グリーンランド、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、フェロー諸島、ラトビア、リトアニアが、北欧以外だと、イギリス、ウクライナ、ドイツ、ベラルーシ、ベルギーが参加した。このイベントは北欧・バルト諸地域の文学を共有するという目的がある。そして少数話者言語である各地域の言語を守り継承していくという共通の目標で、この日、北欧・バルト地域の読者が文学の絆でしっかりと結ばれるのである。

■読書週間公式サイト
https://www.nordisklitteratur.org/en/

■読書週間の写真
https://www.nordisklitteratur.org/en/resources/press-media/gallery/

■読書週間の紹介動画
https://www.nordisklitteratur.org/en/resources/press-media/video/

■少数話者言語を守る図書館の活動についてもっと知りたい方へ「少数話者言語と公共図書館」
https://note.com/yuko_yoshida875/n/n0d493da98bf5

  • 見出し画像 吉田右子・小泉公乃・坂田ヘントネン亜希『フィンランド公共図書館:躍進の秘密』 口絵 :人気児童文学作家サンナ・ペリチオーニが内側を描いた読書小屋(カッリオ図書館)

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