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【北欧読書7】 デンマーク公共図書館と文化民主主義:作家に補償金を払う理由     

図書館の世界でトップを走るデンマークの公共図書館、その揺るぎない強さを支えるのは「文化民主主義」という思想と、どこに住んでいても平等なサービスが保障される図書館ネットワークである。

1964年「公共図書館法」が変化のきっかけだった

 格差のない社会の実現を最重要視するデンマークにおいて、公共図書館は一貫して文化へのアクセス保障と教育のための機会均等を掲げてきた。1964年「公共図書館法」は図書館の目的を「図書やその他の適切な資料を無料で入手できるようにすることにより、知識、教育、文化を浸透させることにある」と定めている。
 この法律で公共図書館の目的が「図書以外の資料を提供すること」(当時はレコードなどの音声資料が図書館に導入された時期だった)「図書・資料提供を通じて、文化・教育活動を進展させていくこと」と明示されたことによって、伝統的な資料提供サービスを中心としたそれまでのデンマーク公共図書館の役割は拡張されたと言われている。
 1990年後半からは公共図書館は資料を提供しつつ、マイノリティグループの文化的包摂のためのサービス、情報リテラシーとITスキル修得のための学習プログラムを集中的に提供することで、社会的・文化的格差を埋める教育文化施設としての位置付けを確立していくようになる。現在のデンマーク公共図書館は、資料・情報・文化への公平なアクセスを担保すること、他者との出会いや議論の場を提供する場所であることをその中核的役割としている。とはいえ、図書館に求められるのは資料の提供であり、住民が図書館を訪れる主な目的は読書または本の借り出しである。現在でも資料の貸借は、利用者の公共図書館訪問の最大の動機となっている。


写真1  図書館は住民と政治家との対話の場所 
公共図書館に設けられた「民主主義コーナー」政治家がここにやってきて住民と直接対話する

少数話者言語を守るためのしくみ

 ところで北欧諸言語は全て少数話者言語であり、それらを守っていくためには積極的な言語保護政策が必要である。北欧諸言語で書かれた図書の出版と流通は言語保護政策の要であり、各国には出版・流通に関わる特徴的な政策がある。例えばフィンランドにはフィンランド語で執筆する著作者を保護するための政策がある。ノルウェーでは、国が出版社からノルウェー語の文芸新刊作品を買い上げて全国の公共図書館に送付する文芸作品調達制度を半世紀以上維持してきた。

図書館の所蔵数に応じて作家に補償金が支払われる

 デンマークの公共図書館に関わる文化政策の中で、最もユニークな制度は「図書館料金制度」だろう。デンマークでは公共図書館で貸出される著作物・作品に対して【金銭を支払うことで、著作者・創作者の創作活動を間接的に支援】してきた。このような「図書館の貸出しに着目して何らかの金銭を作家に支給する制度」は「公共貸与権」と呼称され、2023年5月現在30国以上がこの制度を導入している。
 デンマークはこの制度を世界に先駆けて1946年に導入した。なぜデンマークは世界で最初に公共貸与権制度を導入したのだろうか。それはデンマーク語が少数話者言語であったこと、そして本の流通において、図書館が一定の役割を果たしていることが、社会全体で認められていたからである。
 つまり公共貸与権制度は、<デンマーク語>で文芸作品を発表する作家の支援を念頭に、図書館での貸出による創作者の損失を補填することで、少数話者言語であるデンマーク語の衰退を食い止めるためのしくみなのである。

写真2 『ノルウェーの森』と 『海辺のカフカ』
100回以上の貸出に耐えられるように
図書館の本はすべて特別な製本テープで補強されている

誰が補償金を受け取れるのか

 補償金の対象となるのは、公共図書館、学校図書館、視覚障害者のための資料を提供する国立図書館の所蔵資料及び電子書籍である。受給対象者は、作家、翻訳家、イラストレーター、芸術家、作曲家など(芸術家が入っているのは、図書館で貸し出されるアート作品の製作者が含まれるからだ)。図書館における資料数を基礎にした、ポイント制に従って配分額が算出されている。公共貸与権における補償金支払いの仕組みはとても複雑だが、デンマークは導入から70年以上をかけて少しずつその制度を洗練させてきた。
 2023年に支払われた補償金の総額は日本円で約39億円に達し、受領者の総数は1万378人、平均受取額は約38万円だった。受取額にはかなりの差があり、個人の受給最高額は約1400万円となっている。

写真3  北欧の公共図書館には必ずコミックがある

文化民主主義という理念

 デンマークで1961年に、初代の文化大臣となったLaurits Julius Bomholtは、すべての市民が文化に等しくアクセスできることを標榜する「文化民主主義(kulturelt demokrati)」という理念を掲げた。Bomholtの就任中に、全自治体が公立図書館を設置することが義務づけられ、デンマークに居住するすべての住民が本を通じて文化にアクセスする機会を平等に享受することが保障された。
 それから約60年後の2021年。文化大臣Ane Halsboe-Jørgensenは「社会の分断化を解消するために公共図書館が重要な役割を果たします。公共図書館は民主的な対話の舞台であり、居住地域を問わず知識と情報への自由かつ平等なアクセスを確保するための機関です」と述べている。

公共貸与権制度を支える理念と制度

 デンマークでは公共図書館が本の安定的な供給の場となることで、文化への平等なアクセスが保障されるという考え方が浸透している。そうした公共図書館への信頼は、すべての自治体に公共図書館が確実に設置されていることによってこそ生まれるものだろう。こうした図書館に対する基本的な考え方と図書館に関わる社会環境が、世界初の公共貸与権制度を誕生させ、その後もこの制度を力強く支えてきたのである。

■デンマークの公共貸与権制度についてもっと知りたい方へ
「デンマークにおける文芸振興政策」
https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/2006346

■公共貸与権についての情報
Public Lending Right International
https://plrinternational.com/

  • 見出し画像 吉田右子・小泉公乃・坂田ヘントネン亜希『フィンランド公共図書館』新評論, 2019, 口絵

  • 写真1 吉田右子『デンマークのにぎやかな公共図書館』新評論, 2010, p. 115

  • 写真2 小林ソーデルマン淳子・吉田右子・和気尚美『読書を支えるスウェーデンの公共図書館』新評論, 2012, p. 58

  • 写真3 吉田右子『デンマークのにぎやかな公共図書館』新評論, 2010, 口絵

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