【読書】「アノスミア 私が嗅覚を失ってからとり戻すまで」モリー・バーンバウム

最近読んだ本です。アメリカの名門ブラウン大学を卒業した著者が、そのままエリートコースを進むのではなくシェフになろうと固く決意してレストランの洗い場で修業を始める、という冒頭からして興味をかき立てられましたが、著名な調理学校への入学を目前に控えたある日交通事故にあい、その影響でにおいをまったく感じられない「アノスミア」になってしまいます。そこからの苦難と失意、そして少しずつの回復の日々を自ら記しながら、嗅覚とは何か、においと味覚がいかに密接につながっているのかといったことへの探求が繰り広げられていきます。

本の内容自体にランニングやウォーキングとの関わりはほとんどありません。それなのにこの本を取り上げたのは、ひとつには著者が車とぶつかったのが家からランニングに出ている最中、信号が変わろうとしていた交差点を急いで渡ろうとしているときだったという点に、他人ごとだとは言えない思いを抱いたことがあります。家の近く、おそらくは走り慣れているだろう道であっても、ふとした油断や急ぐ気持ちが大変なことにつながってしまうことがあるということを改めて感じました(著者が嗅覚を失ったのは頭部への強い衝撃でにおいを感じる脳の部位が傷ついたからだと診断されていますが、このほかにも足の手術やボルト、何年も経っても残る傷跡など、相当な怪我をしています)。

もうひとつは、ランニングの際に私は「におい」が印象に残ることがしばしばあるからです。菜の花、湿った土や雨のにおい、海辺の磯の香、キンモクセイなど、走っていると時期や場所によって意外なほど多くのにおいが鼻に飛び込んできます。ふだんはいつ日が暮れたのかもわからないような屋内で仕事を続けることも多い身にとって、ランニング中の嗅覚からの刺激は季節の流れを感じる重要な情報源のひとつになっています。特に、長い距離を走っているときにかぐ食べ物のにおいの魅惑的なことといったら!早朝ランではパン屋さんが開店に向けて焼き上げる香ばしいにおいが。夕方のランでは、晩ご飯の準備をする煮物や焼き物のにおいが漂ってくることがしばしばあります。こうしたにおいとの思わぬ出会いは、ランニングの楽しみのひとつになっています。

これは結構大事なところだと思うのですが、においは見えないところからも伝わってきます。壁の向こうだったり、暗い場所だったり。私は夜にランニングすることがしばしばありますが、上にも書いたキンモクセイのにおいなどは、あたりがよく見通せない夜道でもその時期になるとはっきりと香り立ってきます。自分の体は視覚だけでないところからも情報を取り入れているということがよくわかる瞬間です。

こんな風に、私にとってランニングと嗅覚というのはけっこう結びつきが強いものです。そして、嗅覚やにおいに興味があるランナーやハイカーにとって、この本は内容自体にランニングやハイキングが出てこなくても、とても興味深いものだと思います。


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