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【読書】雑誌『Coyote』のアーサー・ランサム特集

これまでに何度か取り上げてきた雑誌『Coyote』。自分がもう何年も雑誌をほとんど読まなくなっている中で、毎号テーマを確認し、最近の「星野道夫特集」のように興味があるものは購入するということを続けているのはこの雑誌ぐらいです。

そんな『Coyote』が、ずいぶん前になりますが2010年に発行したNo.46で、ひっそりとイギリスの児童文学作家アーサー・ランサムのことを35ページほどの特集として取り上げています。「ひっそりと」というのは、毎号この雑誌をチェックしている人か、誰かに聞いたりたまたまネット上の情報に触れたりしなければ、結構なボリュームのランサム関連の記事がその『Coyote』に出ていることが非常にわかりづらいからです。

こちらがその号の表紙です。メイン特集である写真家のホンマタカシさんのことが全面に出ていますが、ランサムや湖水地方のことには触れられていません。

表紙をめくって前文や広告のページを過ぎ、目次にたどりついても1ページ目にはやはり載っていません。もういちどページをめくってようやく、「アーサー・ランサム 裏庭の冒険」という項目が登場します。

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さらに、『Coyote』の公式サイトにあるバックナンバー紹介ページでも、この記事のことは載っていないのです。

第二特集、といっていいほどの分量がある記事が、こんな目立たない扱いなんだなと初見のとき不思議に感じましたが、たぶんこんな事情が幾らか影響しているものと思われます。『Coyote』は当時、隔月に発行されていましたが、このNo.46が出てから次のNo.47が発行されるまでは一年半以上空いていて、しばらく休刊したような形になっています。No.46の編集後記には、編集長のこんな言葉が記されています。

隔月、月間、そしてまた隔月を経て、
無謀な挑戦を続け、そのつど、自分たちの身の丈を知りました。
2011年3月10日、装い新たに
季刊というスタイルで編集を再スタートします。

実際には再スタートするまでにより長くの時間がかかりました(それでも、この雑誌を廃刊せずに再び戻ってきてくれたことを、私はとても嬉しく思っています)。これはただの推測にすぎませんが、『Coyote』の次の号をしばらく出せないことが決まり、その時点で動いていた企画をできる限りNo.46に入れ込もうとした結果、このようにランサムの企画がひっそりした形で掲載されることになったのではないか、というのが私の勝手な見立てです。

私の知る限りでは、アーサー・ランサムの物語の舞台であるイギリス湖水地方を、ランサムをテーマに(ベアトリクス・ポターの『ピーター・ラビット』とかでなく)、紀行ガイドとしてそれなりの分量で取り上げた発行物はこれしかありません。そこに、ランサム好きにとってのこの企画・この『Coyote』の価値があります。

主な内容は、「山と渓谷社」で編集者として働き、後に独立して作家活動もされている若菜晃子さんが写真家の新居明子さんと湖西地方のコニストン周辺を訪れた旅行記と、ランサム・サーガや自伝をもとにランサム作品の特徴を読み解くというふたつです。

紀行部分は山やフットパス(誰でも歩いてよい小径)の記述が主です。せっかくコニストン湖のほとりに行くのなら、もう少し湖そのものやヨット、ヤマネコ島のモデルのひとつとなったピール島のことなども紹介してほしかった気もしますが、子どもの頃ランサムの挿絵で散々想像を膨らませていた湖水地方の風景を数多くの写真とともにたどることができるのは嬉しいことです。

また、企画のタイトルとなっている「裏庭の冒険」というのが、とてもいい切り口だなと思いました。ランサム作品の中では、主人公の子どもたちが湖水地方の町や川、山を「リオ(デジャネイロ)」、「アマゾン川」、「カンチェンジュンガ(ヒマラヤの世界第3の高峰)」などに見立てて冒険をしていきますが、そこは例えば実際のカンチェンジュンガのように特別な才能や探検心を持った人だけが行ける場所ではなく、湖水地方に暮らしたり親しんだりしている人たちにとっては身近な場所、つまり「裏庭」のようなところなのです。現地に暮らす人への短いインタビューを織り交ぜたこの記事を読んで、私もそのことを感じることができました。同時に、そうした場所をワクワクするような冒険の舞台に仕立て上げたランサムの構想力の見事さに、改めて脱帽する機会ともなりました。ランサム好きな方は、ぜひご自身で読んでいただきたい記事です。

蛇足ですが、ここで言われる「裏庭の冒険」は、ランサムとはまったく関係ありませんが、日本の山歩きや釣りやスキーをこよなく愛した画文家の辻まこと(1913-1975)が書いた「ヒマラヤより裏山」という言葉と響き合うものがあるように感じます。辻まことさんは、「全集」をすべて読むほど私が敬愛している方です。そのことは、また別の機会に書こうと思います。



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