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飲み屋の出来事

 私はデパ地下で白いエプロンをして総菜を売っていた。元いた会社の後輩が来て、会社の悩みを話していた。売り場は客が少なくなった時刻で、彼の話を聞きながら、彼の目にうっすらと涙が浮いているのを見て、私の目頭も熱くなった。
 店が終わってから近くの居酒屋に行くことにした。
 洒落た看板の店に入ると、折り入った話をするためのカウンター席がカーテンの奥に用意されていて、我々を見た店員がそこに通してくれた。
 カウンターの中には二人の女性がいて、我々が入ると、飲みものを注文してもいいかと聞いてきた。どうせ全部私のおごりのつもりだったので、いいよと言って、女性二人と後輩の悩みを聞くことにした。
 彼は主任になりたがっていたが、なかなかなれなかった。私はデパ地下の売り子が足りないので勧めたが、偉くなりたいという話だった。主任は偉いのかという話をしていると、女達は面白がり、偉くなれ、えっ、偉くなれ!と踊りだした。
 私は後輩が戸惑っているので、カウンターの奥の男を呼んで、ふざけすぎている女らを指さし注意した。男は耳に手を当て、女らから後輩の悩みを聞いていた。すると男は厨房に戻り、魚料理を持ってきて後輩に勧めた。それは大きな皿に広がる大きなヒラメで、後輩を元気づけるものだった。
 女らをよく見ると、同じ格子柄の制服を着ており、背格好も同じで、ロングヘアの左側の女性が魅力的に見えた。
 水割りを飲んでいて目を離した隙に、後輩が後ろの壁に向かって逆立ちをしており、喉に刺さった魚の骨を出そうとしていた。女のひとりが逆立ちが長続きできるように両足を持っていた。身長差が随分あり、後輩は子供のように扱われていた。もう一人の女は、彼の顔の前にしゃがんで、穴を掘るようにして彼の喉から十センチもある骨を引っ張り出そうとしていた。ハイヒールに反射する光で女たちがあれこれ動いているのが分かった。
 私は魚料理の皿を見て、そこに同じような骨が数本並べられているのを発見し、誰かに話しかけている奥の男に向かって、違う料理を注文した。
 逆立ちで骨を出し終えた後輩は鼻水を啜って肩で息をしており、カウンター席で何度も咳き込んだ。
 大丈夫かしらーと女がお手拭きを一本渡してくれた。逆立ちで眩暈がしたせいか、彼はカウンターの椅子を三つ並べて寝転び、女のひとりが水を飲ませていた。仰向けで水を飲ませているので、彼はうまく飲めず、何度も口の脇から水を垂れ流していた。
 彼はとっくに酔って眠ってしまっていたのだ。
 別の女連れの男がいきなりカーテンの隙間からカウンターに入ってきて、席を占有して寝ている後輩の上に座った。女が、きゃ!柔らかいと呟いた。暗がりに入った瞬間で後輩が寝ているのに気が付かないようだった。
 彼は重さで目が覚めて身をよじり、それに気が付いた男が悲鳴を上げ、その悲鳴で女も悲鳴を上げた。
 女店員二人が事情を説明している間、私は彼をおんぶして会計を済ませ、タクシーに乗りこんだ。女らも走ってきて同乗し、座席が狭くなったので、後輩を助手席に移動させ、そこで私も眠りについた。
 目が覚めると、タクシーは暗闇をうねうねと走り、どこに向かっているのか見当がつかなかった。女のひとりに聞くと、これから婚活パーティがあるので、参加するのだという。その話を聞きながら、再度の眠気で彼女らのお喋りが遠のいていった。
 酔った勢いか、彼女らを自宅まで送り届ける約束をしたらしく、私はパーティ会場の隅で、後輩を寝転ばせたまま彼女らの活動が終わるのを待っていた。しかし睡魔には勝てず、ぐっすりと眠ってしまったようで、気が付くと会場は片付けられ、広い窓からは朝日がさしていた。
 女らも後輩も帰ってしまっていて、私はテーブルの上で裏向きに片付けられた椅子の間から体を起こし、昨晩のどこまでが事実だったのだろうと思い返していた。
 パーティ会場を出て歩き始めると、遠くに三人の後ろ姿が見え、西日のせいで、その影法師はこちらに向かって長く伸びていた。


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