見出し画像

ひとりインパール作戦①-決意のフィリピン編-

東南アジアの繁華街で多くのイキリ大学生とバックパッカーを目撃してきた。「外国に居る」っていう自分に酔いしれ、親の金で旅をし、得たことといえば「仲間の絆」だとか「スラムで生きる子どもの笑顔は美しい」だとか中身すっからかんのことばっかり。体験したことを就活に利用するってだけのポコチン野郎ども。しょうもない海外での経験を自慢げに女に披露してワンチャンス狙う事しか考えないイキリ陽キャ大学生と頭お花畑バックパッカー。どうせこいつらの愛読書はONE PIECEに決まっている。

そんな奴らを腐る程見てきた陰キャ不良大学生の僕は「お前らスッカラカンの陽キャどもと俺は一味違うぜ!お前らの絶対行かないような場所を旅して、なんでもみてやろう!!」と息巻き、ミャンマー、インド、ネパールを陸路で進むたった3週間の旅をひとりで出かけた。

計画した旅路は、かの有名な「インパール作戦」と重なった。

進め!陰の者!

目指すはヒマラヤ山脈!

蹴散らせ陽の者!打倒!イキリ大学生!

果たして陰はミャンマー・インドの国境線を越えられるのか?


「決意のフィリピン編」


画像1

フィリピン共和国 天空都市 バギオ


 外気をたっぷりと吸いこんだひんやりと冷たいフローリングの床に足をつき、植物が吐き出す酸素を生で感じながら、コーヒーをすする。防犯用に取り付けられた鉄格子の隙間から入り込んで来る日の光が、冷えた空気を温めてくれるお陰で、眠気を誘うか誘わないかくらいのちょうどいい気温まで部屋の温度を上昇させた。とても心地よい。日本人旅行者が置いていった本を片手にアウトローな自分に酔いしれながら、心の奥底で怒りに近いようなモヤモヤとしたものを感じていた。


 まとわりつく暑さと喧騒、排気ガスまみれの空気と埃。詐欺、スリ、強盗、ドラッグ、汚職。世界で最も多くの邦人が殺されるという東南アジアのなかでもトップクラスの治安の悪さを誇る国。フィリピン共和国。フィリピン人の母とフィリピンでビジネスをしていた父の間に生まれた僕が幾度となく訪れた国。第二の祖国。
 
 本当にここがフィリピンなのかとうっかり忘れてしまいそうになる場所。標高1500メートルの天空都市バギオに、僕はいた。

 臨時収入があった僕は真っ先にバギオに訪れようと考えていた。なぜなら、猛威を振るった台風の跡地を見てみたかったのだ。首都マニラからバスで6時間。実際に来てみると、なんのことはない。大規模な土砂崩れと停電がまるで嘘のように、人々は普段通りに生活し、のんびりと過ごしていた。街を散策すると、至る所で電柱が折れて、電線がグシャグシャに絡み合いながら歩道に横たわっているが、現地のインフラは問題なく動いていた。


画像2


画像3
画像4
画像5
画像6
画像7

 バギオで唯一の安宿「TALAゲストハウス」僕はバギオに訪れる度、ここでお世話になっている。日本人が経営するこの安宿は、オーナーのマリコさんと現地のメイド、そして日本各地から来るインターンシップの学生で切り盛りしていた。インターンシップで訪れる学生はゲストハウスの手伝いをする代わりに滞在費をほかの旅行者に比べ格安で滞在できる。手伝いをしながら各々のインターンシップのテーマを調べる。コーヒー栽培について、民族について、英語留学などなど。僕はそんなインターンシップの学生と話をするのが大好きだ。
 今回来ていたのはコーヒー栽培に興味のある元気な大学生のメイちゃんだった。…女性じゃないか! 僕は女性と話すのがめっぽう苦手である。特に彼女のような元気な女子大生が。世の女子大生は僕のような陰キャを見下すと相場は決まっている。そうにきまっている。あまり関わらないでおこう。と思ったが、よくみると可愛いではないか。早速ぼくは恋に落ちた。
 千年に一度の、というわけでもなく、日本の音楽業界で大活躍するAKBシリーズの人たちのような激かわとまではいかないが、時折見せる人懐こっさを感じさせる笑顔と声。東アジア特有のちょっぴり細目に、彼女の人柄を感じさせる仕草と愛嬌。受付で見せた少しおっちょこちょいな感じ。悪と危険が蔓延るこのフィリピンの地で、彼女は輝いて見えた。否、少しでも優しくされたら好きになってしまうだけだった。
 苦手とは言ったものの可愛い子には何とかしてお近づきにならないと気が済まなかった。その結果高校生の頃は、先輩特権を活かし次々に可愛い後輩に声をかけあわよくばと日々考えていた。考えていただけであって実際には何もなかったが、変な噂が一人歩きをし、とうとう周りの友達からは「後輩キラー」と忌み嫌われ、高校を卒業するとともに僕の周りからは、ひとり、またひとりと友達が姿を消していった。女子大生が苦手とはいったものの可愛い子には目がないただの都合の良い男である。
 
 TALAゲストハウスはシングルルームとツインルームが数部屋ずつと5〜6人が泊まれるドミトリー部屋が男女別で一部屋ずつあった。もちろん僕は値段の安いドミトリーに荷を下ろしていた。男子部屋はゲストハウスの二階に位置する。一階にはキッチンとソファーと机、本棚に民芸品のお土産コーナーの共同スペース。そしてありがたいことにバギオ産のうまいコーヒーが宿泊者限定でいつでもタダで淹れることができる。ここで飲めるコーヒーはNGO団体「コーディリエラ・グリーン・ネットワーク」の活動の一環で作られたアラビカコーヒー豆を使っている。代表はここのゲストハウスのオーナーのマリコさんだ。
 

画像8


 さて、どう話しかけようか。ドミトリーの2段ベッドの下段でスマホをいじりながら考えた。これまで僕が経験した海外の話でもしようか。いや、彼女のようにひとりでわざわざ異国の地で半年もかけて勉強をしに来るなんて、僕よりもっとやばいところに行き、とんでもない経験をしているに決まっている。それじゃあ今まで数々のアルバイトをこなして来た話でもしようか。今までで一番やばかったバイト…葬儀社の話でもしてアッと驚かしてやろうか。葬儀社の人達って意外とクズばっかりなんだよ…。一ヶ月も放置されたご遺体ってどんな風になると思う…。ホルマリン漬けの人間の臓器って硬いんだよ…。ダメだ。グロすぎる。今時の女子大生にこんな話でもしてみろ、ドン引きされるぞ。ふらっとやって来た汚い得体の知れない年上のニヤケ顔のデブくそ野郎にそんなこと言われてみろ。恐怖でしかない。いろんな経験をされているのですね!素敵!となるわけがない。学歴も無く勉強はできないが今までして来た経験だけは誰にも負けないと自信を持ってはいたが…。うーむ、どうしたことか。うだうだしているうちに、すっかり日が暮れはじめ、空気もだいぶ冷たくなってきた。

         


 
 フィリピンの首都マニラの平均気温は30度。いつ行っても蒸し暑く、汗がひっきりなしに吹き出て来る。それに合わせて車の排気ガスと捲き上る粉塵に不快度がマックスだ。よっぽどの変わり者と女遊び好きでない限り人には旅行をお勧めしない。
 しかしバギオは別だ。マニラから北へバスで6〜8時間、ルソン島北部のベンゲット州バギオシティは標高1500メートルに位置する人口35万人の天空都市だ。一年の平均気温は25度ほど。夜はぐんと下がって10度を下回る時もあるという。「フィリピンの軽井沢」ともよくいわれる。(バギオと軽井沢は姉妹都市を結んでいる)あっついあっついフィリピンの避暑地だ。そういったことから、一年でもっとも暑くなる乾季には、大勢のフィリピン観光客が押し寄せ、信じられないことにマニラの政府機関もごっそり乾季の間だけバギオに移る。セブ島やダバオ市を差し置くフィリピン第二の都市といっても過言ではない。そして日本との歴史は深く、アメリカ植民地時代にアメリカがアメリカ人のための避暑地を作るため日本人移民の労働力を借り、天空都市バギオを作らせた。その名残なのか、バギオを歩いていると見事に隙間なく作られた石垣や、市場に並ぶイチゴや柿なんかがあったりする。第二次世界大戦では日本軍が司令部を設置。重要な拠点となった。大東亜戦争はバギオで始まりバギオで終わった。と言われるくらいだ。

 考えるのがばからしくなってきた。なにをワンチャン狙おうとしているのか。これではその辺のキモい陽キャ馬鹿アホ低脳ゴミくずパリピ大学生と一緒ではないか。やめた。やめた。僕がどうしてわざわざ大金払って来ているのか。決して女子大生とワンチャン、ワンナイトするためではない。この地にどんな人が住んでいるのか、どんな食べ物、文化、日本との歴史、なにより台風の被害がどうなっているのか、それを知るために来ているのだ。
 ひとりで考え、悩み、馬鹿な自分に怒り、そして呆れ嫌になる…僕の悪い癖だ。このような様を日本で生活を共にしている僕の友達兼同居人、星野はこう言う。

「おめえまた独り相撲してんのか」

 独り相撲に飽き疲れた僕は、一服でもして気分を切り替えようと一階の共同スペースへ向かった。ギシギシと軋む木造の階段を下ると、机に置いたノートパソコンで作業に没頭するメイちゃんがいた。大学に提出するレポートか、英会話の勉強でもしているのか。いや、そんなことは今はどうだってよろしい。なにも声をかけずに外の喫煙所に行くのも怪しさを増すばかりなので、挨拶くらいはしないと。
「…」
結局声はかけずそのまま外の喫煙所へ行った。
 ゲストハウス入り口脇に設置されたアルミ製ゴミ箱付き灰皿には、吸い殻が一つも無かった。このゲストハウスに喫煙者は僕だけだ。
 
 ここ数年の日本における、いや、世界における嫌煙ブームは凄まじく、コンビニから灰皿が消え、ファミレスから灰皿が消え、挙げ句の果てには家の中まで吸えることすら困難になろうとしている。たばこの増税もどんどん上昇していく一方だ。とうとうワンコインで買えなくなってしまった。たばこが2〜300円程度で購入することができて、駅のホームや電車内、学校に病院、飛行機の中でもたばこが吸えた昭和の時代は平成生まれの喫煙者にとって憧れの時代だった。
 そしてなんでもありのこの国も嫌煙ブームの波に乗っかっていた。第16代大統領ロドリゴ・ドゥテルテは2017年から徹底的に喫煙に関することを強化していった。路上喫煙を法律で禁じ、これを犯した者には恐ろしいほどの多額な罰金を支払わなければならなくなった。その結果、法律が施行された翌日には、ポイ捨てされたおびただしい数の吸い殻が街から一つ残らず消えさった。ついでに喫煙所も減った。タバコの値上がりも日本と比較にならないほど顕著で、一箱50ペソのたばこが2年足らずで100ペソ近くも値上がりするほど。(1ペソ=約2円)この背景には、ソフトドラッグである大麻使用の拡大を阻止するためでもあるのだが…ちょっと厳しすぎやしませんかね。
 日本ではただでさえ喫煙者の肩身がせまいのに、フィリピンではもっと肩身が狭くなる。警察に見つかると、前述した通り罰金を取られてしまうため、外で吸う際は狭くなった肩身をうまく利用し、ビルとビルの隙間に入り、大麻常習者よろしく、はたまた逃亡中のパンティ泥棒よろしく、警察の目を気にしながらチュパチュパァと煙を燻らせるのであった。
 
 であるからして、ゲストハウスの灰皿は大変にありがたいのである。この貴重な灰皿も、いつか消えて無くなる運命を辿るのであろうか。かなしい。寿命短しアルミ製の灰皿に、そっと灰を落とした。その日が来るまで、いつ来るかわからぬその日まで、天寿を全うしてくれ。

 ひとしきりタバコを吸った後、メイちゃんの居る共同スペースへ戻った。
 
 「どうも」
 「あっどうも〜」
 
 メイちゃんはまだパソコン作業に没頭していた。それを横目に、キッチンへと向かう。コーヒーでも飲むか。
 ここで淹れて飲むコーディリエラ産コーヒーは格別だ。2000メートル級の山々が連なるコーディリエラ山岳地帯で栽培されたコーヒー豆を使用。僕には品質とか産地別の味の違いや香りの違いはわからない素人舌だが、日本で飲むインスタントコーヒーなんかより、とにかくうまいんだ。
 
 「隣、いいですか」
 
 香りたつコーヒーを片手に彼女の承諾を得る前に隣へ座った。

「加藤さんですよね、知っていますよ。マリコさんから聞きました。何度かTALAに来ているそうで」

 彼女は作業の手を止め、会話を始めた。

 「そうなんですよ、ほんとうはTALAでメイさんみたいにインターンシップで一ヶ月ほど短期留学したかったけど、お金が無くって。でもここで台風があったでしょう、復興が進んでいるかどうか見てみたくって、今回は十日ほど、ちょっと臨時収入があったんで来ました」

 そう、僕は一ヶ月インターンに来る予定だった。この辺で眠る、未だ取り残されている日本兵のご遺骨について調べたかったのだ。しかしそれがどうして断念せざるを得なかったというと、理由は簡単。一ヶ月滞在にかかるもろもろの旅費が確保できなかったからだ。貯金もなし!薄給のアルバイト!親に借りる何ぞもってのほか!悩みに悩んだ挙句、某消費者金融に足を運び、ご融資いただくべく、審査を受けたものの、まさかの審査落ち。社会不適合者の印を押された。何という屈辱!こうして日本は未来ある優秀な若者の才能を無駄に捨てていくのですね…!いや日本社会に罪はない。金も貯めず大学も行かず、好き勝手生きている僕に罪がある。  

 メイちゃんとは他愛もない会話が続いた。ここへ来たきっかけは。大学は。趣味はなんですか。フィリピンはいかがですか。すごしやすいですか。料理は口に合いますか。ここでの生活はたのしいですか。
 先ほどまであった下心はどこかへ行ってしまった。下心は消え、彼女に対する尊敬の念だけが残った。遊び盛りの年齢にもかかわらず、親元離れ、遠い異国の地で数ヶ月もの滞在。すごいなあ。高田馬場駅ロータリーで溢れかえる「あわよくばヤる」ことしか考えていない早大生と「あわよくば抱かれたい」クソ女子大生に、見せつけてやりたい。親不孝集団め!


 このメイちゃんとの会話。メイちゃんとの出会い。彼女にとってはなんのことはない、今までに訪れた旅行者との他愛もない会話である。しかし僕はこのなんのことはない会話に心が大きく動かされた。怒り、なのか、よくわからないけど。怒りに近いそんな気分。己の意地もあるかもしれない。考えすぎなのかも知れない。そんなつもりで彼女は発言したわけではもちろんないと思うんだろうけど彼女の発言に聞き捨てならなくなった。

 「メイさんは今までどんな国に行きました?」

 「けっこう色々行きましたよ」
 
 メイちゃんは東南アジアの国々と日本人にとってもあまり関わりのない国をあげていった。

 「すごいですね。おもしろいこと、たくさんしていますね」
     
 「加藤さんはどこへいきましたか?」 

 「メイさんほどではないですけど、いろいろいきましたよ。タイ、カンボジア、ベトナム、韓国、アメリカ…フィリピンはもう十数回は来ましたね」 

 「そうなんですね〜アジア周ってどうでした〜? 私アジアって全部同じにしかみえないんですよね」

 おなじ?おなじ? 
 はて、同じとは…なにをみて同じと言えるのか…国が違えば文化も違う。言葉も食事も人種も人柄も。
 
 例えばタイ王国をみてみよう。タイはおよそ七〇〇年前の十三世紀頃から今日に至るまで王朝を築いてきた君主国家だ。持ち前の外交の強かさから、一度も植民地として他国に占領されたことがない。第二次世界大戦でも大きな戦火に晒されることもなかった。隣国からの共産主義の脅威やクーデターなどの内政の混乱、多くの問題を抱えつつも「ほほえみの国」といわれるくらいの治安の良さと綺麗な海と豊かな自然が人気を博し、世界中から多くの観光客が訪れている。日本でもなじみの深い料理のトムヤムクンにタイカレー。激辛スパイスと香りの良い香辛料をふんだんに使った食欲をそそる、いろとりどりな伝統料理の数々と美味い酒。蒸し暑い亜熱帯気候の中で大汗かきながら激辛タイ料理をかきこみ、シンハービールで流しこむなんて最高だ。
 

画像9


画像10


画像11


画像12


カンボジアをみてみよう。言わずも知れた世界最大級の世界遺産「アンコールワット遺跡群」は世界に誇れる観光名所である。ゆったりと流れる時間とのんびりと過ごす人々を眺めていると「東南アジア最貧国」ということを忘れてしまう。フランス領として百年、日本に三年ほど占領されたのち独立するも、ポルポト率いるクメールルージュの登場や度重なる内戦と隣国との戦争。混乱に次ぐ混乱そして大量虐殺。生々しい戦跡が多く残り、戦争が終わってから何十年も経つにもかかわらず、地中に埋まったままの地雷や不発弾が人々を苦しませている。黒い歴史を持つ国だが前述した世界遺産を始めに国内に存在する観光名所が旅行客に人気だ。自国では到底できないようなびっくりする体験もできたりする。飯もうまいし、人も良い。隣国のタイとは違った雰囲気が楽しめる。

画像13


画像14


画像15


画像16


画像17


ベトナムをみてみよう。ご存知の通り世界最強の軍隊であるアメリカ軍に勝利したアジアで唯一の国である。ゲリラ戦に長けており、多くのアメリカ兵を苦しめた。陸上における戦いは、おそらく世界最強であろう。ベトナム戦争によりめちゃめちゃに破壊されたが、見事な再建を達し、経済も成長著しく未来のアジアを担う存在になりつつある。手付かずの自然が多く残る場所や歴史的建造物の数々は世界遺産に登録されるほど美しい。米粉でつくった麺や生春巻き、日本人の舌にもよく合う香辛料抑えめなベトナム料理は絶品だ。なかでも興味深いのが、フランスパンにハムやパクチーなどを挟んだベトナムサンドイッチ「バインミー」。フランス統治時代の西洋文化が東南アジアの味に妙にマッチしてとても美味しい。それになんといっても伝統衣装の「アオザイ」は最高だ。身体のラインが美しく現れ、肌を露出していないのにもかかわらず、色気ムンムンのセクシーがたまらない。女性も美人ばかりだ。


画像18


画像19


画像20


画像21


画像22
画像23


 フィリピンをみてみよう。およそ五〇〇年前世界一周を目指しスペイン艦隊を率いた探検家マゼランが惜しくも命を落としたこの地、フィリピン共和国。アジアの中で最も長く他国に占領され続けて来た国だ。スペインに三〇〇年、アメリカに五十年、日本に五年だ。数百年に渡り独立を阻まれてきたフィリピン人のアイデンティティは筆舌にし難いものがあり、独立のために流された血の数々は想像を絶する。強硬路線で突き進むドゥテルテ大統領が多くの国民に支持される理由は、実はそこにある。
 アジアで最も長く他国に占領されて来た国、四〇〇年近く列強国の言いなりになってきたからこそ、いかに「自分たちのアイデンティティを保ちながら共存できるか」が必要になった。そのため外交が個人レベルでむちゃくちゃ上手だ。持ち前のコミュニケーション力であっという間に他国の人たちと仲良くなる。なぜか。フィリピン人は言語取得能力に長けているからだ。例えば、世界に生きていく上で共通言語となりつつある英語。その英語話者は、フィリピンはアジアの中でもっとも多い。大学を出ていれば、世界でも通用する英語力がつき、義務教育を修了していれば、子供でも日本の大学生と同じくらいのレベルで英会話ができる。いやそれ以上かも知れない。貧困のために学校にも行けず、満足に教育もうけられずに身を売らざるを得なくなった娼婦ですら、流暢に英語を話す。英語だけでなく、一度勉強すれば日本語もスペイン語も日常会話レベルで習得できる。吸収力がとても高いのだ。そのおかげで、国内に働き口がなくても海外へ出稼ぎに行くことができる。「石を投げればフィリピン人に当たる」という比喩表現はあながち間違いではないほど海外で働くフィリピン人をよく見かけた。フィリピン人はよく働く。そして優秀だ。数あるアメリカの超名門大学に多くのフィリピン人が通っているし、音楽やミュージカル、映画作品などの文化面でも世界で活躍するフィリピン人は多い。日本のテレビアニメ「プリキュア」や「ワンピース」などのアニメーション製作も多くのフィリピン人が関わっている。格闘技界でも多くのフィリピン人が活躍している。プロボクサーのマニーパッキャオ氏の名前はボクシングに関心がなくとも一度は聞いたことがあるだろう。
 一度成功を収めてしまうとよっぽどのことがない限り本国へ戻らない。そのおかげで海外への技術の流出が問題にもなっているが、世界で活躍する同胞を国民はテレビやインターネットを通して知ることで勇気を得る。どれだけ貧しくても世界で活躍するチャンスはあるのだ。
 冒頭で東南アジア一の治安の悪さと記述したが、裏を返せば、多くの人々が今日を必死に生きているのだ。働き口がないから、ドラッグの密売や密造に手を染める。ゴミを漁り金目のものがないかと探す子供達。身体を売る娼婦たち。それすらできないものは詐欺やスリなどの犯罪に走る。体力尽きれば汚い地べたに座り込み身体中を擦り切らしながら乞食をする。いつか訪れるビッグチャンスを掴むために。
 食文化がこれまた面白い。「フィリピン料理」と聞いてピンとくる人は少ないと思う。タイ料理といえばトムヤムクン。ベトナム料理といえばフォー。フィリピン料理といえば…みなさんご存知の夏になるとミニストップで販売される定番スイーツ「ハロハロ」だ。我々が長く慣れ親しんだハロハロは実はフィリピン料理だったのである!ハロハロはタガログ語で「混ぜ混ぜ」という意味。現地フィリピンでも定番スイーツだ。フィリピンの中華料理チェーン店「超群チャオキン」のハロハロは超絶品!フィリピンに訪れる機会があれば是非食べていただきたい。
 もう一つ有名な料理がある。世界三大ゲテモノ料理「バロット」だ。孵化する直前のアヒルの卵を茹でたもの。殻を剥くと、形そのままのアヒルの胎児が飛び出す。塩をつけて食うもよし、酢をつけてさっぱり食うもよし。香りは凝縮されたチキン。味は普通のゆで卵の何倍もの濃厚さ。栄養価も高い。そのことから「精力剤」として重宝され、夜になると全国の道端にバロット屋台が軒を連ねる。中でもバギオのナイトマーケットで売られるバロットは世界で一番美味しい。味と香りがマニラで食べるバロットなんかより数倍良い。美味しすぎて毎日5〜6個食べていたら、めちゃくちゃ下痢した。原因は栄養過多と古くなったバロット。食べ過ぎは禁物。
 フィリピンの主食は日本と同じく米。日本で食べられるしっとりふっくら粘り気のある米ではなく、長細くてパサパサの種類の米だ。その米をやたら食う。少ないおかずでやたら食う。そのおかげで肥満大国アメリカに負けず劣らず肥満体型のフィリピン人が多い。日本よりも米の収穫量が多いにもかかわらず、よく米不足になる。マクドナルドやケンタッキーなどのファーストフード店でセットを注文すると必ずライスが付いてくる。ライス無しで注文すると店員が不思議そうな顔をする。フィリピン人の米好きは異常だ。
 もち米もよく料理につかわれる。中でも代表的なのがもち米を使ったスイーツ。甘い甘いおはぎのようなスイーツが数多く存在する。砂糖で甘く味つけされたもち米にココナツの削り節をかけたスイーツ。もち米とココナッツが奇跡のコラボレーション。とてつもなくうまい。


画像24


画像25


画像26


画像27


画像28


画像29


画像30


 列挙していった四つの国には暗黒の時代が存在した。自分たちの文化や思想、アイデンティティを守るために、はたまた混沌とした国内をまとめるために、良きリーダーも悪しきリーダーも存在した時代。多くの人が犠牲になり血が流れた暗黒の時代。民主主義をとる国、社会主義をとる国。さまざまな政治思想があるけれど、どの国も平和を求めるために多くの血が流れた。
 東南アジアの国々だけではない。世界中そうやって平和を求めて動いていた。血に塗られていない国旗など一カ国も無いのだ。同じ文化、同じ思想、空気、土地、風景。世界中どこを探しても「同じような国」なんて存在しない。
 多くの犠牲を払って得た独立、文化、民族のアイデンティティ。そのような国々を「同じような国」と勝手にまとめてしまっていいのか。いいわけない。無残に死んでいった罪なき人々、己の思想信条を信じて戦った人々を踏みにじる考えだ。

 そして何よりこの愛する第二の祖国ともいえようフィリピンをほかのアジア諸国と一緒くたにされたくなかった。
 
 僕は怒りに震えた。無責任な彼女のその発言に。彼女は旅を通して一体なにを学び何を得たのか。先進国の日本人が発展途上国のアジアの人々を見下しているようにも感じてしまった。

 メイちゃんの目をじっとみつめる。純粋無垢で綺麗な目をしている。彼女はみたままの世界を言ったにすぎなかった。みたままの表だけの、表面だけの世界。ああ、無知は罪だ。
 
 「そ、そうかなあ」 

 僕には言い返せるだけの勇気はなかった。もっとも「アジアはみな同じ」と無意識に責任感も無く発言した彼女に反論する言葉なんて無いのだ。ここでキレて反論しようにも、彼女はそういうつもりで発言したのでは無いのだから、理解しようとしないだろう。というより初対面の男にキレられたら怖いだけだろう。
 
 その後、僕はバギオの夜に出かけた。空気はひんやりと、しかし街には熱があった。
 


 向かったのはバギオ名物「ナイトマーケット」毎日二十一時〜二十四時まで街の中心地の大通りハリソンロードが解放され、屋台が軒を連ねる。古着や旅行バッグ、サンダルに靴、その他雑貨などなど生活用品を中心に様々な屋台が存在する。日本の縁日の屋台の光景にそっくりだ。
 僕は偽ブランドや一体いつ使うんだろうといった用途不明のものを手にとって冷やかしたり「Japanese takoyaki」なるタコ焼きとは似ても似つかないようなヘンテコフードを小馬鹿にしたりバギオフードに舌鼓を打ったりした。毎夜休まずこのようなお祭りが開かれていると考えると親近感が湧いてくる。
 バギオ名物「ストロベリータホ」を歩き売りしているおっさんから買い、縁石に腰掛けた。

    人混みを眺めながら呟く

    「同じ国なんてないよなあ」

  


 翌日の夕方、メイちゃんの男友達マサオがTALAにやってきた。ひどい男だった。
 黒縁メガネに齧歯類を思わせる前歯。常にヘラヘラした表情。チビ。うさんくささがプンプンしている。しかもなんと彼はピースボートの乗組員だった。

 「ピースボート」名前をきいてピンときた方は御察しの通り。

 「世界一周九九万円の旅 オーロラを見に行こう一二九万円の旅」

 これでお分かりだろうか。どこかでみたことあるようなこの文言。本屋や喫茶店。レストランや商店街、自動販売機。全国いたるところにベタベタと貼られているあのうさんくさいポスターだ。
 大型クルーザーで世界各国の絶景!自然遺産!世界遺産!それがなんと格安でまわることができる夢のツアー…聞こえはいいが実態は果たして…?
 ピースボートに関してあまり良い噂を聞かない。オンボロの年季が入ったクルーザー。食事などのサービスは素人同然。レクリエーションで踊らされる「憲法九条ダンス」タダで世界一周を旅できる代わりに船内の雑用やポスター貼りの作業に駆られる学生と頭お花畑バックパッカー。
 そんな悪名高き…いや、実際に自分が調べたわけでもなく、乗ったわけではないから噂話はここでやめておこう。ピースボートの名誉のためにも。
 しかしピースボート乗りにここで出会うとは思ってもいなかった。めったにない機会だ。いろいろ話しを聞いてみよう。

 「三十ヶ国以上は周ったよ〜ヘラヘラ。やっぱり一番住みたいのはクロアチアかな〜ヘラヘラ。インドの空港はほんとうにやばいんだよ。飛行機のりおくれちゃったことがあるんだ〜へらへら。大麻吸ってみたいんだよねえ〜ひひ。ポスター貼りは大変なんだよ〜へらへら。おぉ!君の着ているシャツ面白いねえ!ふヒヒ!メイちゃんメイちゃん、ぼくのだいすきなひと、フヒ」
 
 僕はもう限界だった。死ね。



 時刻は深夜二時。僕はマニラ行きの夜行バスに乗り込んだ。待ってました!と言わんばかりに周りのフィリピン人たちが座席をマックスまで倒し、持ち込んだピーナッツやスナック菓子を食べ終えると同時に眠りに落ちた。照明も落とされ車内は真っ暗。
 バスはバギオの街を出発すると、山岳地帯をぐんぐん下っていく。ぐねぐねと続くカーブ。曲がるたびに大きな揺れが起こる。僕は座席に深く座り、窓に張り付いた。外は真っ暗闇。空をみると満点の星空。遠くには山の斜面にべったりと張り付くように建つ家々の灯り。夜空と闇の森の境目がなくなって、家の灯りか、星の瞬きか、街灯か、トラックのテールランプか、光がごちゃ混ぜになっていく。人間が作り出した天の川だ。まるで宇宙のような空間をバスはひた走る。約一時間半の天の川星間飛行を僕は独り占めした。

 
 そうだ、なんでも見てやろう。あいつらが見落とした街の隅々まで世界を見てやろう。もっともっとみてやろう。表も裏も見てやろう。行ったことのない場所を見てやろう。聞いたら驚くような場所に行ってやろう。奴らを悔しがらせてやろう。恥をかかせてやろう。くだらないお遊びのような旅をしてきた糞陽キャどもに知らしめてやろう。


「アジアの洗礼編」に続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?