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ブレーキをかけられなかった私の黄色信号

黄色信号は注意して進め!と聞くことがありますが
『止まれ』が正しいですよね。ですがこれは車の話ではなく、私の心のお話です。

今回は私が精神的にしんどかったときのことや
パワハラと思われるようなことについても触れる
ので、気分を害される方もいるかもしれません。
ただ、この記事を読んでくれる方が自分の黄色信号に気づいて心のブレーキを踏むきっかけになったらいいなと思います。


⚠️見たくない方はここで回れ右です!





昔から我慢することには慣れていました。
「お姉ちゃんなんだから弟のおもちゃ片付けて」
よく祖父母に言われました。
お姉ちゃんだから何?それじゃあ弟が育たないよ?
と子どもながらにもやもやしていたのを今でも覚えていますし、自分の子どもや孫には絶対に言いたくない言葉です。

テレビに影響を受けてパティシエやパン屋さんに
憧れたときも
「そんなのは無理だから管理栄養士になりなさい。
 パン屋さんなんて何時に起きると思ってるの?」
これは小学生の頃、親戚に言われた言葉です。

両親は私が興味をもったことはなんでも肯定して応援してくれて、習い事もたくさんさせてもらいました。
でも、両親以外の身近な大人達が厄介でした。
祖父母も親戚も私のことを大事にしてくれて嬉しかったことも楽しかったこともたくさんありましたが、その反面、同じくらい無意識のうちに傷つくことも多かった。

そんな幼少期を過ごしたことで、私は思ったことを簡単に口にしてはいけないと思うようになり、愛想笑いが得意な八方美人に育っていきました。

こんな性格が裏目に出てしまったのが社会人になってから。

就職した園の先生方と保育観が合わない


なぜ外に連れ出して怒らなきゃいけないの?
なぜ縄跳びが昨日より2回多く跳べた子を褒めたら
甘いと言われなきゃいけないの?
なぜ10秒で整列できないと何回もやり直しなの?
なぜ2つのおにぎりを交互に食べるのはダメで、1つ食べ終わらないと次を食べてはいけないの?
なぜ私に対する嫌味を子どもに伝達させるの?

新卒の頃は何もかもが初めてであまり気にしていませんでしたが、年数を重ねるごとに私の中で疑問や不信感が募っていきました。

例えば運動が苦手な子が小学校の授業で『幼稚園でもできなかったから嫌いだなあ』と思ってほしくない。少しでも成長したら褒めて、『みんなよりできないけど褒められると嬉しいから頑張りたい』と思ってもらえるような保育がしたい。

これは私が採用試験でどんな保育がしたいか聞かれたときの解答です。
当時面接官だった町長や教育長からお褒めの言葉をいただき、そんな考えの方に働いてほしいと言っていただけました。嬉しかった。頑張ろうと思った。

それなのに、

褒めて伸ばしたいというのは甘やかしているだけ
怒られた後に気まずい顔をしていないのは反省していないからもう一回怒れ
話がわかっていないなら外に連れて行け
給食の量を調節したのに時間内に完食できないなら低学年の部屋に連れて行け

園の先生方からこのようにご指導を受け、虐待とも思える厳しい保育ができないと陰で悪口を言われ、雑用を押し付けられ、変人扱いされて、後輩達に向けて「こうなっちゃだめだよ?」と晒し者にされる。
園内で本音で話せる存在は1人もいない環境に絶望し、しだいに絶望すら感じないほど感情が無になっていきました。
普段悩み事があると母に相談しますが、こんなことを言ったら悲しむだろうと思って全く相談できませんでした。

「我慢は得意。私は強いから大丈夫。」
そう自負していた私ですが
・家に帰るととてつもなく眠くなる(過眠)
・無性に甘いものが食べたくなる(過食)
・毎日悪夢にうなされ安眠できない
などの症状が見られるように……

最近巷で話題の新型うつ病を疑いました。

両親も何も言わない私の様子がおかしいことを気にかけてくれて、本当にギリギリのところで職場のことを話すことができ、心療内科を受診することになりました。
診断の結果、新型うつ病ではありませんでしたが
環境による過度のストレスのため適応障害である
とのことでした。

両親にやっと胸の内を伝えることができた頃、遮断機がおりてきた踏切で早まりそうになったことがありました。
自分の行動にドン引きしたのと同時に、そこまで自分が追い込まれていたとは全く感じていなかったことにもドン引きしたのを覚えています。

その当時の話を友人に話したとき、そんな苦しい思いをしていたなんて知らなかったと涙を流してくれました。
それまで自分の状況を諦め、絶望し、感情が無になっていたので、私の代わりに感情をむき出しにしてくれた友人にとても感謝しました。
『私ってこうやって泣きたかったんだ。怒りたかったんだ。誰かに話を聞いてほしかったんだ。』ということにようやく気がついた瞬間でした。
何度も言いますが、それまでは本当に自分が辛いと思っていたことに気づいていなかったんです。

今では幼稚園で働いた期間に起きた色々な経験を
『そんな経験をした私だからできること』がある。
私のように保育現場に絶望し、働きたくないと思う人がこれ以上増えないでほしい。今が辛い人、1人で戦っている人の力になりたい。
そう思っています。この経験も私の財産です。

負の経験を怒りのパワーではなく、前を向いて頑張るための原動力にする!!

頑張り屋さん、真面目な方って自分の黄色信号に気づきにくいと思うんです。
そんな方にぜひこの記事を読んで、「私は今大丈夫かな?」と心のブレーキを踏んで立ち止まって考えてほしいなと思います。


最後まで読んでいただきありがとうございます。
重たい話をしてすみませんでした🙇🏻‍♀️

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