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フラッフィー①【ホラー短編・全3話】

 俺たち四人はなにをするにも一緒だった。
 四人でいれば無敵で、なにもかもうまくいくと。
 だから、メリッサ・ヘイズンの屋敷に忍び込んだ時も、きっとうまくいくと思っていた。

 最初に話を持ってきたのは‪”‬情報屋‪”‬のアンディだった。アンディは茶色いくりくりした目の童顔の男で、普段は売人に顧客名簿とか売りさばいているやつだ。身長も低くて、いつだって実年齢より幼く見られてたから、どこにでもすぐに入っていけたのさ。本人はどっかで日系の血が入ってるって言ってたけど、どこまで本当かはわからないな。だってアンディの母親も麻薬常習者で、いっつも目が虚ろで、精神もここじゃないどこかに行ってるような奴だったっていうから。父親がいなかったから、もしかしたらそっち方面の血が濃く出たのかもしれないって言ってた。いない方の血が濃く出たんだって、あいつは笑い話にしてたよ。
 それで、アンディがいつもみたいに俺たちのアジトに入ってきたとき、あいつはにんまりしていた。いい情報が入ってきたときの合図だ。普段はポーカーフェイスができる奴なのに、こういうときだけ笑うんだ。わざとやってたんじゃないかって思うよ。

 それを見てテーブルの上の缶ビールと菓子の袋を避けてやったのは、"紅一点"のニッキーだ。金髪のクシャクシャの髪だけど、とびきりの美人だ。少なくとも俺たちはそう思ってる。ニッキーは父親の暴力に耐え兼ねて俺たちの所に来た。ウリをやらされそうになって逃げてきたんだ。そういうニッキー本人は、金を奪って逃げる方が得意だった。大人をコロッとその気にさせるのだけは上手くて、ついでにスリの腕前も上出来だった。ニッキーはなにかにつけて、「アタシと寝るならもっと金が必要だってわかんないのかしら。本当ならお喋り代にもならないわ」って言ってた。
 ニッキーがテーブルの上を広げてやると、アンディがそこに地図を広げたんだ。どこかの邸宅か屋敷の地図みたいだった。俺が覗き込もうとしたら、昼寝から起きてきたジョーがのっそりと現れた。

 最後の仲間でもあるジョーは、長身でガタイのいい"用心棒"だ。ジョーは黒人と白人のミックスで、褐色で黒髪をしてる。黒人と並ぶと色が薄いし、白人と並ぶと黒人に見えるんだ。ジョーはあんまり過去を語りたがらないからよくわからないけど、少しだけ聞いたところによると、どっちのコミュニティからもつまはじきにあったらしい。世の中じゃ多様性が叫ばれてるっていうのに、結局どこかの属性に押し込められるしかないみたいだ。でも俺たちにとっちゃただのジョーだ。拳じゃ誰にも負けない、強くて頼りになるジョー。あいつのひと睨みで、大抵の人間なら追っ払えるし、そうじゃないなら拳でぶっ殺すこともできる。

 これでいつものメンバーがアジトに揃ったってわけだ。
 それをとりまとめてるのが俺だ。D.Jって呼ばれてる。俺の過去なんてどうでもいいことさ。そんなに面白くもない。強いて言うなら、父親とかいう奴は毎日アルコール漬けで俺を殴ってたし、母親はこれ以上ないヒス野郎で、俺を殴ってたかと思ったら唐突に我に返って可愛がるような奴だった。意味わかんないだろ。とにかく嫌気がさしたのさ。家出した直後に、当時の仲間と強盗に入ったのが最初のキッカケだ。金が必要だったからな。店員を撃ち殺したのは俺じゃないけど、なんとか逃げおおせた先でアンディと出会った。それがはじまり。わかった?

「さて諸君。パール・ストリートを知っているかい?」
 アンディの声に、ジョーが「結論から言えよ」と野次った。アンディはちょっと気分を害したみたいだったけど、すぐさま肩をすくめた。
「パール・ストリートの端に、でかい邸宅があるんだ。そこに婆さんが一人で住んでる」
 持ってきた地図の上で、アンディがペンを動かした。ペン先がパール・ストリートと書かれた場所で止まる。ペンの蓋を口で開けると、端っこにぽつんと建つ場所に丸を打った。他の家の形と比べると確かに少し大きい。
「この婆さん、元は結構なお嬢様だったらしくてね。末っ子でかなりの遺産を受け継いでるんだ。加えて、この婆さんの死んだ夫っていうのが退役軍人の偉いさんだったんだ。その遺産もたんまり持ってる。本人も高齢なせいか、屋敷で一人で慎ましく生活してるみたいだ」
「つまり、死人の金で悠々自適の生活をしてるわけか」と言ってやる。
「手厳しいなぁ!」
 アンディは笑ったが、ニッキーが真面目に「続けて」と言った。
「でもな、D.J。本人は本当にごく平凡な婆さんみたいなんだ。事業に手を出してるわけでもなけりゃ、日がないちにち庭先で野良猫に餌をやったり、編み物をしたりしながら、マフラーやらなんやら近所の連中にプレゼントしてるときた。たまに外に出たと思ったらカフェやスーパーに出かけるか、日曜の朝に教会まで出かけていくだけだ。肝心の金だけはたんまり持ったまま、隠し金庫に保管してあるらしい」
「もったいないわね」
「そしてなにより――この婆さん、昔から目が見えないらしい」
 アンディはちょっともったいぶって続けた。
「この婆さんの罪は、金を隠し持ったまま生きてることだ。有効に使うこともせずにのうのうと、その日を暮らしている。次代に渡すこともなく、目も見えない老人だ。もはや生きている価値もないのにのらりくらりと生きていることそのものだ」
 俺がアンディを見ると、やつはニヤッと笑った。
「それなら、俺たちがぜひとも有効活用してやろうじゃないか。ここにはそれだけの金がある。……もしかしたら、ここから出ていくだけの金ができるくらいには!」
 アンディが言うと、ニッキーもジョーも真剣な目で見つめた。もちろん俺もだ。婆さんがとんでもない罪人であること以上に、その言葉には惹かれた。

 俺たちには決まりがいくつかあった。
 テーブルは汚した奴が片付けるとか。
 一人になりたいときは、ちゃんと部屋の前に目印をつけておくとか。
 強盗は念入りに調査して、スマートにやることとか。
 殺人は最後の手段でもあるが、必要なら厭わないとか。
 でもそれ以上に、俺たちには共通の願い事があった。
 金が必要だったんだ。この臭くて汚くてくそったれな生活から抜け出すには、俺たちには金が必要だった。それもかなりの大金が。一発逆転、何もかもをひっくり返すぐらいの金だ。その金でこの街から出ていくことが、俺たちの願いだった。アルコールまみれで怒鳴ってる奴もいない、薬でおかしくなって路上でガクガク痙攣してる奴もいない、借金まみれで追われてる奴もいない場所。壁はひとつとして壊れてないし、扉はちゃんと開けられて、柔らかなベッドと、綺麗な服があって、常に誰かから盗まれる事を危惧しなくていいところだ。そういう場所に行きたかった。
 そのためにもうひとつ。
 俺たちをこんなところに追い込んだ大人って生きものから、全部奪い返してやることだ。殴って叩いて撃ち抜いて、神に祈っても上から笑ってやる。そうして俺たちが、代わりにその席に座ってやるんだ。

「信用できるんだな?」
 俺はちらっとアンディを見てやった。
「ああ。確かな情報筋からのものだ。どうかな、D.J?」
「ふうん」
 あえて、ちょっと考えるような時間をつくる。三人とも、固唾を飲んで俺を見ているようだった。でも俺の答えなんて決まってるし、みんな俺の答えを知っている。ちょっとした儀式みたいなものだ。
「アンディの言うとおりだ。目も見えない、旦那もいない、金を活用する気もない、老い先短く将来もない婆さんにちまちま使われるより、俺たちが有効活用してやった方がいいな」
 全員がにやりと笑った。
 それで全部決まった。
「で、その婆さんの特徴は?」
 ジョーが静かに言った。
「名前はメリッサ・ヘインズだ。建物は三階建てで、普段は一階にいる。寝室は二階みたいだ。三階はほとんど使ってないみたいだな。さっきも言ったとおり盲目で、基本的にはずっと家にいる。生まれたときから目が見えなかったらしいから、多少は慣れてるみたいだ。いまはたまに手伝いの人間が来るらしいけど、それも午前中だけ」
「その婆さんに家族はいないの?」とニッキー。
「子供はいなくて、いまは猫が一匹だとさ。婆さんいわく、でかくて大人しくて、人が来るといつも隠れて引っ込んじまうような猫。婆さんはこいつをものすごくかわいがってるんだと。いざという時は使えそうだな」
「しかし、盲目の婆さんが住んでる屋敷か。そいつが実はサイコ殺人鬼だったオチじゃないよな?」
 俺はからかうように言ってやった。最近見たホラー映画が、確かそんな内容だった。
「地下室に女じゃなく男を監禁してるような奴かって?」
 アンディはくすくす笑った。
 映画を見てないジョーは面白くなさそうに肩を竦めるだけだった。
「ただ、猫に騒がれると困るかな。かわいこちゃんだったらいいんだけど」と、ニッキーが首をかしげた。
「猫なんて騒いだら殺しちまえばいい。婆さん一人よりは罪状は軽いさ」
 ジョーは表情を崩さずに言った。
「それなら、老い先短い婆さんも一緒に逝かせてやった方が、慈悲深くないか?」
 俺が神に祈るように指を絡めて言うと、みんな笑った。
「ようし。じゃあ、やろう」
 俺たちはそれぞれ、拳を軽くぶつけあった。


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