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恐れていたインフルエンザにかかってしまいました!

日曜日、和くんは学校の合唱祭がありました。
合唱祭のチケットは各家3枚と決まっているので、和のパパとマミィ(私の娘)と和の弟の暖くんの3人で会場に入りました。更ちゃんと私は近くのビーチで少し遊んだあとは、日差しが強いので車の中でDVDを見ながら待機していました。和くんの帰りは遅くなるようなので、低学年の発表の後、娘と暖くんが戻って来て、私たちは先に家に帰りました。和くんはパパと5時ごろ帰って来ました。疲れていたのかすぐにお風呂に入ることをぐずって癇癪を起こしていました。

翌日の月曜日は和くんは学校が振替休校でした。暖くんもお休みさせてお昼は、更ちゃんの願いであった回転寿司に行きました。娘が、
『みんな揃って外食するのはいつぶりだろう?』
と言いました。半年ぶりなのです。ちょうど半年前の8月16日でした。翌日沖縄へ帰る予定だった娘たちと秋葉原で遊んで、しゃぶしゃぶを食べに行きました。そのしゃぶしゃぶ屋さんがとても寒くて冷蔵庫の中にいるようにキンキンに冷えていました。更ちゃんは上着を持って来ていなかったので寒そうに震えていました。私が着ていたカーディガンを羽織らせてブカブカに着ていました。
思い出すと、その時の更ちゃんの寒そうな顔が目に浮かび切なくなります。しかし、しゃぶしゃぶは思いの外、子供達がよく食べて、かなり元をとった感じになって喜んでいたその夜、念の為と思って寝る前にお熱を測ると、更ちゃんが38度の発熱をしていました。翌日の飛行機はすぐにキャンセルしてしばらくまた東京でお世話をすることになりました。更ちゃんの発熱の後、なんのウイルスだったのか判明しなかったのですが、和、暖、マミィ(私の娘)が次々発熱しました。またもやコロナか?と思いましたが、インフルエンザでもコロナでもありませんでした。私とじいじには移りませんでした。前年コロナに罹った時は、バタバタと倒れ、私、じいじも最後に発熱みんなで寝ていました。その悪夢の日々が蘇りましたが、私とじいじは元気だったのです。そして、更ちゃんはそこから熱が上がったり下がったりの日々になり、肝機能低下で入院にもなりました。

そのような悪夢が甦りながらも楽しく回転寿司を堪能していました。いつもは『いくら』と『鉄火巻き』をたくさん食べる和くんがこの日はあまり食べずに、お腹が痛いと横になりました。そこへ暖くんが頭を蹴ったから頭が痛いと和くんが言い出しました。喧嘩が始まると娘が『帰ろう』と言い、帰ることにしました。


OS1が好きな和くん

そして、家に帰り暖くんに蹴られたから頭が痛い。お腹も痛い。足も痛いと言い出したので、病院へ連れて行こうということになり熱を測ると38度。近所のクリニックは予約でいっぱい空きなし。ではどこへ行けばいいのか?もし頭の検査をするなら大きな病院の方がいいということで更ちゃんの入院している病院の救急外来へ連れて行きました。結果は、頭の打撲と発熱は関連性は薄いと。吐き気などがあればもう一度来てください。発熱に関しては、まだ24時間経ってないのでコロナやインフルの検査はできません。明日の午後病院へ行ってくださいということでした。
発熱してしまったので、更ちゃんと一緒にはいさせられない。さぁ大変です。この家は1LDKで隔離部屋がありません。どうしたら良いのでしょうということで、『がじゅまるの家』に問い合わせました。事情を話すと快諾してくださり畳のお部屋を用意してくださいました。一先ず5日間、更ちゃんはそこでマミィと2人待機です。
暖くんはどうしましょう。一緒にいたら絶対に移ります。そんな時に別部屋に住むパパさんは打ち合わせという名の飲み会だそうです。この疲弊している私1人で看病と子守に家事?それは11月にも経験済みで本当に辛くて体も心もどうにかなりそうだったのを思い出し泣きたくなりました。

その夜から和くんは40度近い高熱になりました。翌日、まだ40度の高熱を出している和くんを連れて病院へ行くことになりました。暖くんのお迎えも重なっています。無理です。和くんも可哀想だし暖くんも可哀想。パパは仕事で面倒は見られないと言います。目の前に住んでいるけど、全く興味を持ってくれないパパの実家の母さんにお願いすることになりました。私たちからは距離をとりますねと以前に言われてから交流を持てない実家のお母さんです。会って別に嫌な感じでもないのですが、お願いしないと何もしてくれないのです。3人の子供に10人の孫がいるのでそれも仕方がないとは思いますが。
それでも今回は面倒見てくれるというので暖くんは預けることにしました。昼間はやんちゃしても夜になるとマミィって泣き出すことがあるので大丈夫なのか心配ですが、仕方がないです。

暖くんは元気に預けられて行きました。

今日は水曜日、現在午前0:03分なので、木曜日に変わりました。和くんは木曜日の13:00で発熱から丸3日が経ち4日目に入ります。水曜日の午前7:57分に38.5度で身体中節々と頭が痛いというのでカロナールを飲ませました。その後は午後から熱が上がると思ったら上がらず現在も36.7度です。
昨日は、インフルエンザB型と診断を受け、インフルエンザの薬を処方されました。タミフルではない新しい薬の方になりました。一回飲めば大丈夫。これでインフルエンザは治りますと。でも、強いのではないかと心配でしたが、
『強くはないです。心配されてるような奇怪な行動については、薬が問題ではないです。高熱による幻覚だと思います。ただ高熱の時にはそばについてみていてあげてください』
と医師からの説明がありました。
昨晩、危惧していた奇怪な行動がありました。和は元々たまに夜驚症のようになって突然、『怖い怖い怖い』と耳を押さえて怯えるのです。
昨夜は、
『マミィいかないでー!怖いよ怖いよ』と耳を押さえて何度も何度も叫んでいました。抱きしめようとすると離れてまた、叫ぶのです。私は怖くて娘に電話をしてその様子を見てもらいました。
娘が
『和、大丈夫だよ。落ち着いて』
優しく声をかけているうちにだんだんと治って来ました。朝まで、何度も恐怖に慄き飛び起きる現象がありましたが、何とか夜が明けました。隣で床の上で寝ていた私はぐったりした朝を迎えました。


朝起きるとスマイルゼミをする和くん

翌朝、2月21日水曜日もまだ39度の高熱が出ていました。食欲もなく、頭や体が痛いのでお薬を飲みたいと和くんが言うので、カロナールを飲ませました。1時間ほどして、いちごと食パンにバターと苺ジャムを塗って1枚食べました。
11時頃、下痢をして、お熱を測ると37.1度になっていました。体も楽そうで、スマイルゼミでお勉強を始めました。和は漢字が大好きで、
『アバ見て!和、1年生の漢字全部ゴールドでコンプリートしたよ』
と見せてくれました。
その後は、漢方薬の辛夷清肺湯、桔梗石膏を飲ませながら様子を見ていましたが、熱は平熱に安定しました。便も通常に戻り元気になって来ました。
しかし、その夜も夜驚症のような奇怪な行動とまではいかないまでも、何度もうなされていました。私はその度に起きて抱きしめていたので全く眠れませんでした。私の肉体も精神も崩壊しそうに疲労困憊しています。子供嫌いの60歳が担うには本当に過酷な状況です。私、頑張っています。
私もたまに会って、孫は可愛い、可愛いと言えてる距離にいたいです。20代、30代でも育児は大変なのに、60代で1人で背負うのは重すぎます。
今日は弱音吐きたいです。疲れちゃいました。
泣きたいです。

そしてこの週末、和の父親は1年前から予約しているからと子供が病気でも『釣り』に行くのだそうです。更ちゃんが退院して来ても、それよりも『飲み会』や『釣り』を優先しています。私にはその神経が分かりません。逃げ出したい現状でも白血病と闘っている3歳の子供を目の当たりにして、頑張らない訳にはいかないです。泣きたくても辛くても弱音吐いても私は頑張ります。

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