妖怪談義(創作)

山の奥にひっそりと残る廃寺
そこには時折 2匹の妖怪が集まってくる
釣り竿をふりふり 河童が言うには
麓の村の名物おばあが亡くなったそうだ
「あの お喋りなおばあ、
この おれに釣りが下手だのなんだのって。
畑のきゅうりをくれたんだよな」
それを聞いていた2つ尻尾の猫又は、
「おまえ 上手くやったな。
オイラは焼き魚の匂いにつられて、
いっちょじいさんの真似をしてやったのさ。
おい、肴くれってな」
「それでそれで?魚は美味かったか?」
「うんニャ、化けて出たはいいが、いや魚は美味いが、なんせその、箸がなぁ。それで、ガブっといったら、こんの化け猫めが!と箒の柄で突っつかれて退散したわけよ。」
猫又は涎を拭いながら、
「あんなに美味い魚は初めて食った。焼いたからか、人の物だったからかわかんニャいが、とにかく美味かったなぁ。そんなわけで今日は魚を獲ってきたんだ。下手なお前の分もあるぞ、食うか?」
猫又は腰に下げたわら編みの徳利から、器用に爪で引っ掛け生魚を2匹ばかり放り出した。
「おい、こりゃあまだ生きとる。殺生は良くないぞ」
河童はぴちぴち跳ねる魚を両手でもって掬いとり、すぐそばの池に逃がしてやる。
「あの おばあの生まれ変わりだったら」
「んニャわけあるか。寺に住んでた生臭坊主みたいな説教は勘弁しろ、分かった分かった。今日はおばあに免じて」
「おばあ、天国行けたかな…」
「さァな。なんにしろ、喜んでんじゃねぇか。
悪たれの河童とオイラがこうして、おばあの死を悲しんでんだからニャ」
猫又は縁側の陽だまりにくるんと丸まって、
グルグルと喉を鳴らした。
「捨て猫だったオイラにゃ、お天道様こそが
母ちゃんの温もりだったんだ。それが、あのおばあの線香臭い膝っこときたらよぉ…。皺皺の手でオイラを撫でてくるんだ。オイラのふたしっぽを見ても、目が悪くなったのなんのって驚きもしねぇで…」
猫又は懐かしむように自分の手をザリザリと舐めた。
「もう食えないんだな、おばあのきゅうり」
「きゅうりなんて食ったことないが、どれも似たようなもんだろう?」
「違うよ」
「おばあが丹精込めて育てたきゅうりは喋るんだ。美味いから食ってみろって」
「何だそりゃもう妖怪じゃねぇか。おっかねぇ」
「そうだ妖怪きゅうりだ。すごく美味しいんだ」
河童は目に涙をいっぱいためて、麓のおばあの家を見た。
葬列が、家を出て、畦道をゆっくりと進んでいく。
「おばあ どこ行くんだろうな」
「さぁねぇ、火葬場じゃニャいの」
「そうじゃなくって。死んだらどこに行くんだろうって」
「さぁねぇ。死んだことニャいからねぇ」
「ただ…生臭が言うに、良い行いをすると天国っていういいところに行くらしいニャ」
「いいところ…か。そうだといいな」
河童は葬列を見送り、一方で猫又はおかまいなしにぐうぐうと眠ってしまっている。昨夜から、ずいぶんと酒を飲んでいたようだ。
猫又にとっても、河童にとっても、そして麓の人間たちにとっても、今日は悲しい日だ。

「おばあ…」
「おれのこと可愛がってくれてありがとうな」
誰に聞かせるでもない河童の声が、夕陽に溶けていった。

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