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【料理小説】ゆりこさん、今日のごはんは?#4 あの日のプリン

仕事の問題から適応障害と診断された、ゆりこさん。
自分を大切にするために、まずは食べることを大切にすることにしました。
第一話は
こちら 
今日のごはんは、外食と…?

#4 あの日のプリン

3ヶ月ぶりにオフィスに向かった。
いよいよ、退職の日。
結局戻る見通しは立たず。会社を辞めることにした。

もうずっと休んでいるから、会社に向かう道も何だか懐かしい。
少し緊張しながら、扉をくぐる。

人事と事務的な話をして、自分の荷物を取りにデスクへ。少しの私物を鞄に詰めて、帰ろうかと準備していると、
「ゆりこさん、今日飲みに行きません?」
帰り際に、後輩の山本から誘われた。
ずっと同じチームで苦楽を共にした。私が休んで、一番迷惑をかけた相手。
「うん。行こう。」
笑顔で答える。今日は私が奢ろう。

山本の仕事が終わる時間まで待って、オフィスの近くのビストロへ向かう。
先に着いて店内を見渡すと金曜日ということもあって店内は混んでいる。
カウンターに座ってメニューを眺めながら、山本を待った。
「おまたせしました」
しばらくして、山本が席につく。

生ビール2つ。
パクチーとサーモンのサラダ。
フライドポテトのアンチョビチーズかけ。
しらすとあおさのりのアヒージョ。
ミートボールパスタ。
フォンダンショコラ。
お通しで出されるこのお店のブリオッシュが大好物。
何を食べてもおいしいこのお店が、私たちのお気に入り。
仕事を休んでからずっと来ていなかった。

「これからどうするんです?」
お互いの近況を話した後、山本が心配そうに尋ねる。
「まだ決まってないの。」
ちょっと下を向きながら薄く笑う。
「カフェとかやったらどうですか。」
思いがけない一言に驚いて顔をあげる。
「ゆりこさんのご飯、おいしいし。食べるとなんか、元気でるし。私、常連になりますよ。」
ミートボールパスタを頬張りながら、山本がなんてことないように言う。

「いやいや…カフェなんてそんな。私くらいの料理の腕じゃさ…」
急に恥ずかしくなって、早口になる。
自信がなくて、よくわからない言い訳をベラベラと並べる。

「成せば成る、ですよ。オープンしたら行きますね。」
なんてことないように、山本が言う。山本の中では、カフェのオープンは決まりらしい。
「来てくれるの?」
「当たり前ですよ。」
当たり前、という言葉になんだか泣きそうになる。
「楽しみだなぁ。」
それがなんであれ、自分の未来を信じてくれる人がいるということに、そっと救われる。

「ゆりこさん、これ。」
散々話して、終電間近。山本が帰り際にお菓子屋の袋をくれた。
「プリンです。覚えてないかもしれないけど。
前にゆりこさん、私にプリンくれたんですよ。デスクに置いておいてくれて。
私、あの時毎日終電で心も体もへとへとで。嬉しかったんです。
だから、あの時のお返しに、プリンです。
今まで、お疲れ様でした。」
正直、言われるまでプリンをあげたことなんてすっかり忘れていた。
そういえば確かに、そんなこともあったかもしれない。
「ありがとう。」

仕事を休んでから、後悔ばかりしていた。
もっとああすれば、もっとこうしたらと、自分を責めた。
けれど落ち着いてみれば、あれがあの時の精一杯だったなぁとも思う。

カフェをやるなんて、突然すぎて現実味はないけれど。
人生一度きりなんだし、もっと自由に考えてもいいのかもしれない。
もしカフェを開くなら、優しいごはんを作りたいと思う。
自分が料理に救われたように、きっと誰かも救われる料理がある。
例えばあの日の、デスクに置いたプリンみたいに。

「いいですね。そういうの。疲れたら、疲れてなくても、行きますね。」
山本の言葉が私の背中を押す。
せっかく背負っていたたくさんの荷物を下ろしたのだ。
新しく持つ荷物は、好きなものだけにしよう。

今回はレシピはお休み。
次回は、肌寒い日の味噌煮込みうどん

この物語はフィクションです。

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