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李龍徳「死にたくなったら電話して」感想:死んでもいいかもと思わされる、底知れない怖さを感じた破滅小説


あまりに衝撃が強く、まとまらない気持ちを忘れたくないので、初めて小説の感想を書きます。



この本を読んだ経緯

もともとDetonatorの配信が好きで見ていた
SpygeaさんがCR Cupにてらっだぁさん、橘ひなのさんと組む
→橘ひなのさんが強いしガハハ笑いが癖になる
釈迦さん胡桃のあさんと組む
→胡桃のあさんが強くてびびる
→橘ひなのさんと胡桃のあさんはぶいすぽというグループらしい
→ぶいすぽが強いし面白い、なにより本気でゲームに取り組んでいるのが良い
→動画を見まくってたらにゃんたこさんと一緒にゲームしている動画を知る
→にゃんたこさんが面白い
→にゃんたこさんの動画を見ていたら本をお勧めしていた
→購入して読む

といった流れでした。


感想

この本、とにかく「悪意に引っ張られ」ました。
「心中小説」「破滅小説」なんて評されている通り、一人の男が歪んだ女性に引っ張られて、どんどんと破滅していく…。という内容です。
なんというか、凄いんです。この女性のパワーが。
にゃんたこさんは「引力」と表現していましたが、まさに的を射ている表現であると感じています。無理やり引っ張ったというより、この女性に無意識に引き寄せられたというか。

先ほど破滅していくと書きましたが、細かい印象だと少し違っていて。
確かに外から見たら、一般的な価値観から見たら破滅しているように見えるかもしれませんが、主人公の男性の目線で見ると、自ら望んで堕ちていったとしか思えません。そしてもちろん、当事者は堕ちていったという自覚は無いのだと思います。生きている基準を変えたというか。生きている基準が変わっていった結果、それは一般的に見て破滅している状態であった、という感じです。

様々な思想がこの世の中にはありますが、その思想は外から見ていると時に危険であったり、思わず忌避してしまうようなものもあると思います。ですが、その当事者はその思想が世間一般から外れているとか、危険であるなんていう実感は無いのではないでしょうか。もしくは、そんな自覚があったとしても、「その危なさを認識して」その考えを主軸として生きているのではないかと思います。
ある意味で、そんな「思想」にハマっていったともいえるのが、この主人公、徳永君です。

彼はいわゆるイケメンで、周りに友人もいる。外から見れば恵まれているように見えつつも、本人は三浪中の受験生。エリートばかりの家族には、出来損ないとみなされているというコンプレックスを抱えています。当然、家族との関係は決して良くありません。
そんな彼が、バイト先の先輩に連れられて訪れたのがとあるキャバクラ。そこである意味、運命の出会いを果たしてしまいます。
その相手こそが、とてつもない引力を持った女性である「初美」です。
出会い頭、徳永君のことを見るなり、周りが引くくらい爆笑し続けた初美。なぜ爆笑したのか? それも後程初美の口から語られることになりますが、とにかくその初対面以降、初美は徳永君にアプローチをし続けます。そしてその後、二人がどのような関係になり、どのように物語を紡いでいくか、がこの本のメインとなります。

この「初美」が、とんでもない女性なのです。
押すところは押してくるが、しっかり引くところは引く。それだけでなく、とにかく自尊心を高めるような関わり方をしているのです。おそらく徳永君にとって、それはなんとも心地よい、心の弱い部分への刺激になっていたのだと思います。

あまり書いてしまうとネタバレに近づいてしまうので避けますが、初美はとにかく世の中を学び、歴史を学び、自分自身の考えを心の中に軸として持っています。
その軸が強固であり、理論的であり、身分の違う人に対しても曲げることない、信念のようなものであるのです。
そしてその信念こそが、世の中の常識やルールから離れた…というか、次元を超えたような隔たりのあるものでした。目を背けたくなる、耳を塞ぎたくなるようになりつつも、その奥にはどうしようもない魅力が隠されているような話をする初美。様々な知識に裏打ちされた初美の信念、思想は、底の見えない不気味さと怖さでした。
そこに彼女が絡ませたのが、性欲というものであったのが非常に歪み、混沌としている印象を強く感じた部分でした。悪意と性欲、その、人間が普段理性で抑え込んでいる本能のような部分を、理論で固めて半ば正当化している初美には、恐ろしさとともに自分もこんな人が身近にいたらどうなってしまうのかとぞっとする思いでした。
本の帯には、この小説の一文が抜粋されています。
それは、こんな文章でした。



「そこに人間の悪意を、すべて陳列したいんです」
初美は無邪気に笑った。



文藝賞の選考委員を務めた星野智幸さんはその感想の中で『「カウンター悪意」の恐怖と愉楽』と表現されていますが、この言葉、思わず唸りました。初美に導かれているのか、初美の思想に影響されたのか、徳永君の人間関係も徐々に変化していきます。カウンター悪意とは、例えばずっといじられていた子がいじっていた奴に対して、人間関係を壊すくらいに反抗するとか、そんな行動のことであると思います。見方を変えればジャイアントキリングのような爽快感がありますが、それは孤立を生みます。
しかし、スカッとするし、気持ちがいいのです。
そして、そんな行動をとることが出来るのは、何があっても自分を支えてくれる人がいるからこそ。その人の優先順位が一番だからこそ、他が無くなってもいいという思いに繋がります。人間の思考の変化が、そこにありました。

極めつけは、「希望の断ち切り」です。
この本を読んだ方ならわかると思いますが、主人公の徳永君が初美と一緒にいることを、よく思わず心配してくれる人もいます。外から見ると、様子がおかしいように見えていたのです。
そしてそんな、徳永様を心配する優しい人からの救いの手。そんな希望が、どんな扱いをうけたか。私は読んでいて、優しい希望で体が温かく、穏やかな湯船につかっているような感覚になった後、急に氷点下の世界に突き落とされたような感覚に陥りました。そんな結果になるのかと、この本の底知れぬ闇が恐ろしくなりました。




終わりに

世の中の小説、映画、歌詞、偉人の言葉、アドバイス、それらは多くが、未来に対して希望を持つもの、ハッピーエンドではないでしょうか。明るく優しく、明日生きていくのが楽しみになるようなもの。将来の幸せ、自己実現を後押ししてくれるようなもの。

一方で、そうではないものも存在します。残酷で目を背けたくなるような物語、真実、結末。もはや生きていることに価値を感じられなくなるようなもの。それらは決して万人受けするものではないものの、独特の魅力を放ち、この世の中に存在します。
にゃんたこさんが仰っていたように、この本を大学生のときに読んでいたら果たして今どんな考え、思想を持ち生きているのか。もし中高生のときに読んでいたらどのような人生観になっていたのか。思わず身震いしてしまうような恐怖を覚えつつも、しかしこの本に影響された生き方もまた、他人から見たらどう見えるかわかりませんが、確実に後悔はしていないのではないかと思います。後悔せず、破滅していくような人生を望むような人格に...とまではいかなくとも、自己の判断基準が少し変わっていたことは間違いないでしょう。それがまた、決してありえない話ではないように思えて恐ろしいのです。

自分も30代半ばになり、家庭も持っていないため、今後の人生に対して何か圧倒的な希望を持っているか...というと微妙なところではあります。が、しかし少なくともそれらを探すという自身のモチベーション、いやそういう姿勢は忘れないようにしないといけないなと身震いした本でした。
それこそ、初美のような引力を持った人に感化されることの無いよう、気をつけたいです。
...と思いつつも、やはり徳永君が不幸そうに見えないことがまた、初美を完全に否定できない怖さでもあるんですよね。人の幸せはやはり人それぞれであると思うので。
そう、今でも初美のような女性に堕とされた生活が幸せなのか不幸せなのか、完全に断言できていないところがあります。是非とも、この本を読まれた方の感想を聞いてみたいです。

今、生き死にについて悩んでいるような人には、この本は勧めません。
しかし、そうでないのであれば、ぜひ一度読んでみて、初美の魔力を感じてみてはいかがでしょうか。
恐ろしくも美しい魅力を体験できると思います...が、責任は負いませんので、そのつもりで。


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