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エメラルドとゆかいな仲間たち

ゆくゆくはnoteで書きたいと思っていたテーマのひとつに、誕生石がある。誕生石は、12ヶ月それぞれの月にちなんだ宝石で、身につけると良いことがあるなんて言われることがある。しかし、もとはアメリカの宝石商組合が販促のためにはじめたものだ。

誕生石が決められるきっかけになった、それらしい伝説はいくつかあるようだけど、科学的な裏付けがあるものではない。こんな身も蓋もないことを書いてしまうと、興ざめかもしれない。だけど、理由がどうであれ、身に付けてハッピーになれるのなら、それでじゅうぶんに価値がある。

誕生石には、季節のイメージにあっているものがある。5月といえば、北半球の多くの地域では新緑の季節。深い緑色のエメラルドは、初夏の新緑のイメージにピッタリだ。エメラルドは5月の誕生石

ところで、宝石について書くとなると、わたしの仕事(宝石の鑑別)の都合上、曲解されたり誤解をまねきそうな無責任なことは書けない。かといって、調べればすぐにわかるような一般的なことを書いても、あまり意味がない。

そういうわけで、誕生石のアイディアはお蔵入りかな・・・と思っていた。

先日、宝石学にかかわる地質学のセミナーをやった同僚と、エメラルドとアレキサンドライトの成因について議論した。そのやりとりのなか、こうした話はnote向きかもしれないなという気がしてきた。

サイエンス寄りの文脈なら、宝石業界への直接的な影響はあまりないだろうし、オリジナリティも出せるだろう。そういうわけで、もう5月後半になってしまったけど、5月の誕生石エメラルドについて、ちょっとばかり地学によせたアプローチで書いてみる。

ほかの多くの色石にも共通していえることだけど、とくにエメラルドは、でき方も産地もさまざま。でき方によっては、成分や結晶化する条件が近い鉱物が、いっしょに、あるいは隣接して産出することがある。

そのひとつがアレキサンドライト。アレキサンドライトは、クリソベリルという鉱物。最初にみつかったロシアで、皇太子アレキサンドル2世にちなんで命名された。アレキサンドライトは、光源によって色がちがって見える”変色効果”の代名詞になっている(別名アレキサンドライト効果)。

クリソベリルの主成分はベリリウムアルミニウム。不純物としてふくまれるクロムによって、この変色効果があらわれる。

いっぽうのエメラルドはベリル(緑柱石)という鉱物。ベリルの主成分は、ベリリウムアルミニウム、それにケイ素。緑色はクロムによる。アレキサンドライトとの成分の違いは、ケイ素があるかどうか。組成はとても似ている。

そのため、結晶化する環境によっては、エメラルドとアレキサンドライトの両方ができる。ケイ素は地殻にはふんだんにあるので、エメラルドの方ができやすい。ケイ素が少ないとアレキサンドライトができる。ケイ素の割合が多くなれば、エメラルドだけが結晶化する。

もうすこし詳しくいうと、アルミニウムとケイ素の存在比にくわえて、結晶化した温度も影響している。クリソベリルは、より高温でなければできない。だから、両者にとっての理想的な成分と温度の範囲は、とても限られている。エメラルドとアレキサンドライトの両方が産出することが知られている地域としては、上述のロシアのほかに、ジンバブエやブラジルがある。

下のスクリーンショットは、わたしの同僚のウェビナー画面。ちょうどこの話をしているところだ。

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逆に温度が低いとどうか。エメラルドが不安定化するような環境になる。ベリルの構造に水酸基がついた、ユークレースという鉱物。これは、熱水由来(ロシアなどよりも低温)のコロンビアのエメラルド産地でみつかっている。ユークレースはいわゆるレアストーン、コレクターズ・アイテム。とてもとても希少だ。

エメラルドとアレキサンドライトに共通する成分のうち、ベリリウムは、地球にそれなりに存在する元素ではあるけど、限られた鉱物に濃集して存在する。そうした鉱物ができるのが、ペグマタイトと呼ばれる、マグマの成分が最後のほうで結晶化した岩石。いわゆる資源鉱物はたいていペグマタイトから採れる。ベリリウムは、レアメタルのひとつ。資源として有用性が高い。

同様の元素にリチウムがある。リチウムイオン二次電池などの普及で、需要が急増している資源だ。元素周期表でベリリウムのとなりにあるリチウムは、ベリリウムと同様に、ペグマタイトのなかの特定の鉱物に濃集する。

以下、ふたたび同僚のウェビナーより。リチウムやベリリウムなどの元素が濃集するペグマタイトの鉱物のうち、宝石としてよく知られている鉱物。スポジュミン、ベリル、トルマリン、トパーズがあげられている。

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このリチウムの材料として採られる鉱物にスポジュミン(リシア輝石)がある。このスポジュミンの成分は、リチウムアルミニウムケイ素。ベリリウムとリチウムのちがいこそあれ、組成はベリルに似ている。透明度が高く、紫〜ピンクのものはクンツァイト、黄緑〜緑のものはヒデナイトとよばれる宝石になる。このヒデナイトの緑色は、エメラルドと同様に、不純物としてふくまれるクロムによる。

宝石品質のものが少ないのであまり知られていないけれど、米国のノースカロライナ州もエメラルドの産地のひとつだ。このノースカロライナ州の鉱山からは、ヒデナイトが採れる。むしろヒデナイトのほうが有名なぐらい。このヒデナイトも、エメラルドの遠い親戚のような宝石といえる。

以上、5月の誕生石エメラルドにちなんで、地質学的に関連している、ほかの宝石をとりあげてみた。近年、日本では、とくに色石がたいへん人気だ。好みかたはさまざま。こんなユニークな視点もあったのかと関心を持ってくれる読者がいれば、とてもうれしい。

このエントリを書いていて、気がついたことがある。noteでは、プログラムのソースコード用の書式は用意されているけど、上付き・下付き文字やイタリック体の書式は用意されていない。化学式や数式を表記することは、まだ想定されていないのかもしれない。

そんな書式の事情から、あえて化学式は使わなかった。そのせいで、ちょっとわかりにくくなってしまったかも。noteの書式がアップデートされたら、化学式・構造式つきで書きなおすかもしれない。

見出し画像は、とある展示会で写真を撮らせてもらったオーストラリア産のエメラルド。宝石品質ではないので、オーストラリアでエメラルドが採れることは、ほとんど知られていない。原石といっしょにくっついている鉱物を見ると、その成因が推察できる。もしかしたら、ここにはほかの鉱物もできているかも・・・なんて、想像力をたくましくするのはとても楽しい。

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