命を救ってくれた曲・岡崎律子『GOOD LUCK!!』

 数日前、人数不足のため4日の休みを5日に変更して欲しいと上司に頼まれた時、私は休みがズレることよりも『あー、5月5日が休みになるのか』と真っ先に思った。

 5月5日は岡崎律子さんの命日。

 私は幼い頃は極端に人見知りが激しく、小学一年から不登校。

 もちろん高校にも行ってなく、義務教育を終える年齢を迎えるとそのままニートになった。

 外に出ることは出来ても、人と対することが出来なかったのでレジにお会計にさえ行けない性格。

 毎日将来が不安で、生きているのが辛かった。

 5人兄弟の中で家に迷惑をかけているのは長男と私だけなので、長男を殺して私が捕まった方が家のためになるのではと本気で考えたこともあった。

 でも、そんな度胸もなく未来に脅えながら生きていた時に、岡崎律子さんのグッドラックという曲に出会い勇気を貰う。


Good Luck! 旅立って一番輝く場所へ

夢がある 今日より明日(あす)は近づいていたい 思いが先走る何から始めたらいいだろう

気を落ち着けてあせることない "今"を生きること

誰にだって用意されている一番輝ける場所 でも待ってちゃ来ないから自分で動き出して

雑踏さえ上手(うま) くすりぬける人を横目に ういてる気がしてふと孤独に打ちのめされる

いいえ違うよスピードじゃない "今"を生きること

つらい時も耳を澄ましてねその目を閉じないで 全てを見届けようそれはきっと力になる

誰にだって用意されている 一番輝ける場所 でも待ってちゃ来ないから自分を旅立たせて

(Good Luck!) どんな時もその目を閉じないで 全てを見届けようそれはきっと力になる

 この曲の全ての詩に励まされ、勇気を貰い生きていた6月のある日、私はアニメ専門誌を購入しショックを受ける。

 当時はアニソンシンガーやアニメ関連に関する風当たりが強く、メディアで取り上げられることはほとんどなかった。

 なので、岡崎さんが亡くなったと知ったのは6月に発売された雑誌を読んでになる。

 数週間前までラジオにも出演したいた岡崎さんの死は信じられなく、当時は涙を全く流さない無感情の私が泣き崩れるほどだった。

 岡崎さんの死を知った私が次にとった行動は、社会に出ることだった。

 岡崎さんのようにメディアで活躍するような有名人にはならないけれど、社会に出て働くことにより、少しでも岡崎さんが立っていて世界に近づけると思ったし、それが恩返しにもなるのではと考えたのである。

 当時は週休一日の職場も少し残っており、中卒で卒業後も数年働いていない私を雇ってくれる場所は休みも時給もかなり条件の悪い所ぐらい。

 それでも雇って貰えるだけマシだと働き続けながら、私は岡崎さんの曲を聞けずにいた。

 2年ほど働いたゴールデンウィークに、私は岡崎さんの遺作となったアルバムを買いに数駅離れたアニメショップに行こうと決心する。

 ネット環境に身を置いていなかったので通販を利用できず、住んでいる場所も栄えているとは言えない場所なので、アニメソングを購入するには数駅離れた場所に足を運ばないといけない環境だったのである。

 いざ、買いに行こうと思った日はあいにくの大雨で、予定を一日伸ばしてCDを購入した私は、CDを
聴きながら岡崎さんが亡くなったと知った記事を読み返し驚く。

 6月に買った雑誌だったので、亡くなったのは6月だと勘違いしていた。

 雨の日の外出を嫌い予定を一日ずらし、それが偶然岡崎さんの命日に遺作を購入するという奇跡を生んだ。

 私の人生に、岡崎さんの存在は大きいんだなと改めて実感する出来事だった。

 私は今年、岡崎さんと同い年になる。

 そんな年の5月5日、普通に出勤予定だったのが休みになり『5月5日が休みになったのか』と感慨深いものになったのである。

 今はネットで誰でも世界に発信できる。

 なので、私はこうして文章に残すことで岡崎さんに感謝の言葉を伝えたい。

 岡崎さんの作った楽曲、岡崎さんの人柄、岡崎さんの仕事に取り組む姿勢や生き様に影響されて私の人生は明るいものになりました。

 有難うございます。

 昔の私のように苦しんでいる人達が、私のように運命的な曲に出会い救われるのを祈りながら今回のエッセイは締めさせていただきます。

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