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優しい君をぼくは忘れない

ぼくは、人生の暗闇に落とされてからは、出口を探す毎日を過ごしていた。それは、なんの変化もない毎日。そして、18歳の誕生日をむかえ、少し大人になったと勘違いしている頃に人生を変える転職を考えていた。

地元では、知らない人はいない有名な会社の面接を友達や先輩を通してこぎつけたのだ。いわゆるコネって奴……。

人生で、初めての正式な面接にワクワクしていたが、「ちょっと、まてよ、面接にスーツがいるんじゃないのか」と思った。スーツなんて、一着すらもっていないぼくは、間違いなく必要だから「買うべきだ」と決断する。

地元では、何店舗も展開している紳士服店の「三着まとめて3万円」と書かれたよく目にする看板を思い出した。スーツ三着はいらないけど、三着で3万円なら、一着だったら、そこそこ安いだろうと。根拠ない、自分都合の価格設定をし、紳士服店に行くことにする。

出会いは突然

人生で、はじめてのスーツを購入するつもりなのに、「スーツについての知識ゼロ」で、何にもわからない状態で紳士服店に入ったのだ。地元でテレビCMを流している有名紳士服店の駅前支店なので、見渡す限りスーツばかり、当然と言えば当然なんだろう。

どこで、何を探せばいいのかまったくわからない、「何を買えばいいんだ、種類も多いしわからないや」と、呟きながら探していたとき。ぼくを助ける声が、「何かお探しですか?」と、聞こえてきた。

そして、ぼくは、声がする方に向かって、「面接用のスーツが欲しいんだけど……、わからないんです」と、答えながら振り返ると。優しさが溢れ出している美人の店員さんが立っているじゃないか。ぼくは、ちょっと恥ずかしくなって、顔を背けながら、「はじめてなので、おすすめのスーツとかありますか?」と、店員さんに質問した。

店員さんが、僕の手元にいかにも面接用だと思える「紺色でシンプルなデザインのスーツ」をもってきた。そして、スーツの説明をしてくれたのだが、恥ずかしさと緊張で、何も頭に入らず……、勢いで、「このスーツください」と言って、スラックスの裾上げもお願いした。

スラックスの裾上げもすぐに終わり、人生初のスーツを無事購入。それと、すごく優しい美人さんに出会えた嬉しさで、帰り道は、テンション全開だった。

バカな挑戦

家までは、徒歩で30分くらいの距離だったので、いろいろ考えてしまった。そして、ぼくって、本当にバカだなーーと、感じる。来週には、大切な面接があるからスーツを買いに行ったのだが……。

先ほど購入したスーツに着替えて、内ポケットには、汚い字で書いた履歴書を忍ばせて家を出た。そして、ぼくが向かった先は、スーツを購入した紳士服店。ほんと単純バカなのだ。

求人を募集しているかもわからない、面接のアポすら取っていない状況で、いったい何してるんだーー。いろいろ考えながら歩いていると、あっという間に紳士服店に着いた。何も考えていないぼくは、「店長さんいますか?」って、気楽な感じで、面接を希望する。まさかーー、奇跡だろうか、受かってしまった。アルバイトだけど。

何店舗も展開している紳士服店だったので、どこの支店が希望か聞かれた。ぼくは、当然、美人さんがいるこの支店ですーー、なんて言えなく、「家が近いので、この駅前支店でお願いします」と言うしかない。本当は、徒歩30分かかるけど……、距離なんて関係なかった。

駅前支店だけあって、店長は忙しそうだった。
「いいよ。で、いつから来れる」
「いつからでも大丈夫です」
ディスクの後ろにあるシフト表を見ながら店長が即決したのだ。
「じゃぁ、明後日からお願い」
面接と同時に出社日まで決まってしまったと喜んでいいものか……。

ぼくは、30分の帰り道で、「ほんと何してんだろう……、来週の面接は……、美人さんて彼氏いるのかなぁ……」なんて、呟きながら、テクテク歩いていたが、まともに話したことがない美人さんに何を期待しているのか。ほんとバカな奴だと自分に言い聞かせていた。ぼくが、こんな大胆な行動ができたのは、優しさが溢れ出している美人さんに一瞬で、惹かれたからだと思う。

不安と初仕事

ぼくは、紳士服店の仕事なんて、まったく経験がなく、何をすればいいかもわからない状態だったけど、「美人さんがいるからいいや」なんて、バカ丸出しの考えで、仕事場に着いた。店内をよく見ると、さすが駅前支店だけあって、端から端まで見渡せないくらいで、従業員も何人いるか検討もつかない広さ。

ぼくが、あたふたしていると指導係と思われる先輩が話しかけてきた。そして、店内や仕事の内容を説明してくれたことで、ーー不安が消える。指導係だけあって、とても親切な先輩だったので、すぐに打ち解けて、仲良くなれたんだ。

先輩とは、入社三日目にして、一緒にご飯を食べに行く間柄になれたことが、ぼくのチャンスとなる。そして、入社前から気になっていた、美人さんについて質問した。
「滝さんって、何歳なんですか?」
「たぶん、23くらいかなぁ」
「彼氏いるんですかねぇ」
「まさか、お前狙ってるの?」
先輩は、不機嫌そうにぼくを見た。ぼくは、ちょっと焦ったけど先輩にバレないように誤魔化した。
「そんなわけないじゃないですかーー」
「ならいいけど、滝は、うちのアイドルみたいな存在だから、ちょっかい出したら、1日便所掃除かクビだよ」
なんだか、少し怒ってる……、感じに聞こえたのは気のせいだろうか。

ぼくは、はじめて経験する紳士服店の仕事が、わからず、残業の日々だったが、ある日、忙しそうなぼくを見かねたのか、滝さんが手伝ってくた。そして、10分くらいだったが、いろんな話ができたことで、残業の疲れも消えた。もちろん仕事の話だが。でも内容は、あまり覚えていないんだ……、だって、滝さんが目の前にいるから、話なんて頭に入らない。

ぼくは、滝さんの優しさに触れるたび、笑顔を見るたび、気持ちが舞い上がっていった。そんな楽しい仕事が2週間目を過ぎた頃。また、バカな考えが思いついた。

先輩が言っていた「紳士服店のアイドル的存在で、ちょっかいを出したらクビだ」の言葉を思い出だす。まぁ冗談だろうが。ほんと、子供の浅はかな考えには、衝撃を受けると自分で笑っていた。そうだ、仕事を辞めたらいいんだと思いつく。じゃぁ、なんで就職したのって話だが。

さっそく、店長に仕事が合わないから辞めさせて欲しいと話をしたら、これが意外とあっさり受け入れてもらえた。そして、すぐに退職できた事実に少し戸惑いながらも、これでいいんだと自分に言い聞かせる。

ひとかけらの勇気

退職した日の夕方、駅のホームから働いていた紳士服店に電話をかけた。しかも、バレないように裏声と偽名まで使って、滝さんを呼び出すと。ぼくが、仕事を辞めた理由などを説明した後、勇気を出して、「ぼくを好きとか、嫌いとかじゃなくて、彼氏がいなかったら、仕事終わりに駅の正面玄関に来てもらえませんか? ただ、話がしたいだけなので……、来てくれるまで待ってます」と、気持ちを伝え電話をきった。顔は見えないけど、びっくりを通り越して、キョトンとしてる滝さんの姿が目に浮かぶ。

帰宅ラッシュで賑わう駅のホームから雑音と、チカチカと光るイルミネーションが、ぼくのはやる気持ちを加速させていく。ときおり、微かに聞こえるクリスマスソングと、足早に帰宅する人混みから革靴のカタカタとした一定のリズムが、高鳴る気持ちを抑えてくれた。

滝さんの仕事終わりは、「たしか、7時くらいだから、9時まで待ってみよう」と思っていた。そして、約束より、ってか、ぼくが勝手に決めた約束だったが、7時30分くらいに、両手に缶コーヒーを持った滝さんが歩いてくる姿が遠目にみえた。

息切れした口元からは、真っ白な息と「遅くなってごめん。寒くなかった」の言葉を、ぼくは忘れられないだろう。ぼくたちは、カップルが行き交うイルミネーションの前に設置されたベンチに座ると、冷え切った両手を暖かい缶コーヒーで温めながら、時間を忘れて話したんだ。そして、別れぎわに電話番号を渡してくれた彼女の手は、ぼくより冷たかった。

彼女は、2ヶ月前に彼氏と別れたばかりで、現在はフリーだから来てくれたと言っていたが、本当は半信半疑だったと。でも、本当にまっていたらかわいそうだからと言っていた。そして、「彼氏がいても来たよ」とも言っていた……。年齢差5歳のとても親切で優しい彼女と付き合えたかは、みんなの想像に任せることにする。

終わりに

10代の頃は、ほんと何も考えていなかったと思います。ですが、あの駅前支店にスーツを買いに行っていなかったら、彼女とは出会っていなかったし、アルバイトもしていなかったでしょう。人は、行動することで、なんらかの結果を得るのです。だから、行動しなければ、なんの結果も手にできないのです。そして、いろいろありましたが、わたしの人生を変えてくれる会社に無事就職できましたね。


想いは伝えるからこそ意味があるのです。
伝えず想うだけでは、想像に終わってしまいます。
一生一度の人生なんだから、勇気をもって行動することが大切です。
そして、行動することで、未来は確実に変わる事実を信じてほしい。
その結果が、最悪だとしても、受け入れ経験に変えて前に進めるので、新しい挑戦ができるのです。
はじめて挑戦した記事を読んでいただいて、本当にうれしく思います。
これからもみなさんが元気になれるような記事を書きたいと思っているので、
よろしくお願いいたしますm(_ _)m

少しオチがあるのですが……。
駅のホームにきてくれた彼女は、わたしをあまり覚えていませんでした。
残業を手伝ってくれた10分くらいで、あとは、仕事中に少し話しただけだったから。

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