シロツメクサ

あの花の名前はなんだっただろう? 耳を澄ますと聞こえてくるのは鳥のさえずり。森の葉っぱの擦れ合う囁き。懐かしい土の匂い。田んぼのあぜ道に力強く咲く白い花。幼い頃の私は花冠を作っては首や頭につけて遊んだ。あの花の名前がシロツメクサだとつい最近思い出した。

小学校5年生になった私はいつも男子に混じって外でドッジボールをしたり鬼ごっこをしたりして遊んでいた。3つ上の野球部の兄がいたのでキャッチボールも得意だった。たまにスカートを穿いたり三つ編みにされるのを恥ずかしがるような女の子だった。サラリーマンの父と専業主婦の母。私が拾ってきた雑種犬のホップ。柴犬みたいなのに真っ白だった。よく脱走しては近所を走りまわってた。そしてセキセイインコのピーちゃん。水色と黄色のグラデーションの羽で家中を飛び回っていた。ハムスターも2匹飼っていたし水槽には色とりどりの熱帯魚がいた。家には生き物がたくさんいて、いつも賑やかだった。私達は奈良県の山奥に住んでいた。家の前には豊かな森が広がっていてよく父とクワガタやカブトムシを取りにいった。森の中でキジに遭遇することもあった。父の趣味は釣りだったので母がお弁当を作って、家族4人で川や海に行った。海で貝がらを集めたり、川で釣った魚を焼いて食べたりした。何不自由なく幸福の象徴のような家庭だった。

少し神経質な所があった母は何でも完璧にこなそうとしていた。例えば掃除する時も引き出しの中まできっちりと整頓しないと気がすまないような人だった。料理も全ていちから手作りしてくれた。喘息持ちの私達兄妹の体を本当に気づかってくれていた。庭の花はいつも美しく手入れされていたし家の中はいつも清潔に保たれていた。誕生日には手作りケーキ。花瓶には色鮮やかな花。クリスマスや雛祭り、色んなお祝い事を何から何まで真面目にやる母だった。

しかし何をするにも手を抜けない母は疲れた顔ばかりするようになっていた。ある晩ふと目が覚めてトイレに向かうと冷たい台所に座り込んでいる母が見えた。私に気づくと「ごめんね」と誤り泣き出す母。私も隣に座って一緒に泣いた。母の中で少しずつ何かが壊れてしまったようだ。母は昼間から布団で寝込むようになっていた。心配した祖母が家にきて家事を手伝ってくれた。私と兄はいつもゲームをしたり2人で無邪気に遊んでいた。こんな時だからこそ私達は明るく元気でいなくちゃいけない。なんとなく私は母の事に深入りしてはいけないと感じた。

初夏の季節、学校から帰ると母の姿がなかった。珍しくどこかに出かけているのかな。とりあえずおやつでも食べようと冷蔵庫を開けて物色していた。電話のベルがなった。出ると祖父の声がした。「お前達の母さんが病院に運ばれた。すぐに迎えにいく。」

祖父の車に乗せられた私と兄は不安な気持ちを隠すように一言も話さなかった。母がついに入院する事になってしまった。手術をしたりするのかな。ぼんやりと窓の外の夕焼けを見ながら、そんな事を考える。

病院についた私達を待ち構えていたのは傷だらけになった母だった。顔の半分に大きな痣が出来ていた。意識はなく人工呼吸器に繋がれた母。母の名前を呼びながら泣き叫ぶ祖母。母の手を握り涙を流し続ける父。医者は心電図を見ては何やら深刻そうな表情をしている。私と兄は言葉が何も出てこない。心電図の波が少しずつ平行になってゆく。母の胸に心臓マッサージ器が当てられる。電気を何度流されても私達がどれだけ祈っても母はそのまま目を覚まさなかった。

玄関では犬のホップが尻尾を振って出迎えてくれた。

豪華な花を飾った立派なお葬式はあっという間に終わった。母の死因は事故死とされていた。しかし近所のマンションから飛び降りたという噂もすぐに耳に入ってきた。母がいなくなっても父は会社にいって私と兄は学校に行く。母なんて元々いなかったみたいに日々は過ぎていった。ホップだけがいつまでも母の帰りを待っているかのようで少し寂しそうに見えた。家の中では誰も母の話をしなくなった。しかし悔みきれない想いが胸の奥に渦を巻いていた。どこにもぶつけられない怒りがあった。心の中の大切な何かが歪んでしまったようだった。

それでも後に残された者達にできる事はただ生き続ける事しかないのだろう。母の面影を忘れずに。初夏の季節を、もう一度心から美しいと思える日まで。忘れかけていた花の名前を、今度は忘れないように。

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