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シティボーイになりたかった季節 | 2000年生まれのポピュラー文化探訪 #7

 人それぞれ、この曲を聴くとあの頃に還れるという曲があると思います。当時のヒットソングかもしれませんし、アルバムの中の一曲や、友人や恋人が口ずさんでいた鼻歌かもしれません。

 Magazine for City Boys.(シティボーイのための雑誌)

 かつての平凡社、いまのマガジンハウスが提唱し、1980年代に芽吹かせたシティボーイという文化。わたしも、POPEYEをずっと愛読していました。あの誌面に出てくる青年たちになりたくて、おしゃれになろうとしてみたり、考え方を真似してみたり、高校生の頃はいろいろとやってみたものです。なんなら、今も愛読しています。

 結局、シティボーイにはなりきれなかったのですが、あの頃に根付いた考え方は今も変わっていません。デザイン、創作、文章にはPOPEYEの誌面が大きく影響していますし、お洒落の基準はそこが下敷きになっている。

 あらためて、十代の頃に出逢った文化の大きさを実感しています。ずっと大切にしていきたいし、事あるごとに振り返りたい。よく、中学生や高校生の頃にハマっていたものを語るのを恥ずかしがる方がいますが、少なくともわたしは「当時の感性があったからこそ今がある」と考えています。どんなわたしも、他の誰でもないわたしです。

 そんな十代の頃に出逢った作品で、今も大切にしているのが家入レオさんのアルバム『WE』です。2016年、わたしが高校一年生の時に発売された作品となります。

 Superflyの一員としての活動をきっかけにデビューし、最近ではにしなさんの「ケダモノのフレンズ」がTikTokで話題となった音楽プロデューサーの多保孝一さんをメイン・アレンジャーに迎え、本間昭光さんやGalileo Galileiのプロデュースを手がけたPOP ETCのクリストファー・チュウさん等がゲストとして参加、久々に家入さん本人が作曲を手がけるなど、当時の彼女にとってはもっとも挑戦的な作品だったのではないでしょうか。

 ドラマ『お迎えデス』の主題歌「僕たちの未来」はアルバムのリード曲として強力に明るいイメージを牽引しし、「Brand New Tomorrow」「Hello To The World」もそれに続き、「恍惚」「さよなら Summer Breeze」といった楽曲たちが脇を固める。作品全体でいちばんメインリスナーに浸透していたドラマ『恋仲』の主題歌「君がくれた夏」が必ずしも作品の軸となっていないのが今でも凄いと思います。

 当時のインタビューで家入さんは作品制作への充実ぶりを語り尽くしているのですが、『WE』は従来の作品に比べると、「めちゃくちゃ拓けたな!」という印象が強いアルバムでした。どちらかといえばシリアスなイメージが強く、人間の感情をきめ細かに抜き出すような作風を中心としてきたシンガーソングライターが、いきなりアップテンポで溌剌としたロックナンバーを歌う。それがまず衝撃的だったのです。

 なかでも、「シティボーイなアイツ」の“アイツ”にひたすら振り回される口語を交えた歌詞は今も新鮮で、当時シティボーイ文化にどっぷり浸かっていたこともあって、浮遊感のあるサウンドといい、鮮烈な印象が残っています。

 家入さんのこの路線は後の作品に継承こそされませんでしたが、『WE』は一度きりの挑戦として、今でも大好きなアルバムです。最近、配信シングルでよりロック路線を進めたような作風の楽曲が二曲続いているので、当時とはまた違った形の明朗さも見てみたいなあ……と思います。

 アルバム全体でじっくり彼女の作風を味わいたい快作。

 それと同時に、わたしにとって、中学生や高校生の頃の思い出が蘇ってくる、大切な一枚です。

 2023.11.7
 坂岡 優

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 いただいたサポートは取材や創作活動に役立てていきますので、よろしくお願いいたします……!!