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短編小説|誰かのために戦い

 朝です。朝です。朝です。……

 単調に鳴り渡る音声が、みなを優しい夢から引きずり戻す。目覚めた部屋は白一色に染まっている。シミや埃なんてひとつも見当たらない。初めの頃は快感だったが、今はただただ気色が悪い。まっさらなカーテンをあげると、真っ黒な風景画が現れた。真ん中には薄汚れた緑色の苔玉が浮いている。なんて無様な景色なんだろう。
 まずは顔を洗おう。伸びてきたヒゲも剃らなければ。寝癖がついた髪も梳かして、と。白いタンスから制服を取り出し、袖に腕を通した。ボタンをとめおえてから気づく。なんか、少しきつくなってる。

 部屋の外に出たというのに、真っ白な景色はまだ続く。同じ音声で目覚めた人たちが、何もない廊下になだれ込んできた。ほとんどの人が質素な服を身にまとい、明るい顔で挨拶を交わし合う。そして、俺と同じ制服を来ている人も何人か見かけた。表情が岩のように固くて、挨拶も、視線で頷くくらいしかしない。彼らが、この制服を気に入っていないことは明白だ。身につけているこれは、生死と、望まれない権力を表しているから。

 俺は「広場」に出た。「広場」なのに、茂みや花はない。あたり一面が雪景色のようだ。子供たちはかけっこをしたり、大きな笑い声を響かせたりすることはない。彼らは一箇所に集まって、静かに座っている。娯楽機械の画面を凝視しながら、勝利条件を満たそうとして、こもごもと作戦を練っているんだ。それを口うるさく注意しようとするご老人はおらず、彼らもまた、静かに見守る。今では、これが平和の象徴だ。

 「おーい!ケン!」

 のんびりと広場を見回しているところで、誰かに呼ばれる。確か、名前はジャックだったっけ。

 やあ。どうかしたの?
 「ああ、老いぼれたちがまた招集をかけたんだ。」
 へえ。今回の議題はなんだろう。
 「どうせまた、昔話を聞かせてくるんだろう?偉そうにしてな。」
 やれやれ。それじゃあ、ご機嫌取りに行きますか。

 二人で会議室まで歩いて行くことに。中に入ると、人はすでに揃っていた。急いで位置につき、終えると、長老の一人が前に立つ。しゃがれた声は、あまり聴き心地がよくない。我々に人類の未来がかかっているどうのこうのと、聞き飽きた内容を延々と語る。俺らはただ、頷くだけ。

 会議もどきが終わって、全員パトロールに戻った。俺はまた「広場」へと向かった。すると、一人のご老女と目があう。優しく手を振ってきたので、近くへと赴いた。

 こんにちは。お元気ですか?
 「はい、元気ですよ。お気遣いどうもありがとう。」
 それならばなによりです。

 挨拶を交わしたあと、ご老女は窓の外を見遣った。おそらく、苔玉と化した憐れな地球を見ているのだろう。垂れたまぶたの奥が悲しそうに光っている。すると、彼女は俺を向いて言った。

 「こんな目に合わせてごめんなさいね。私たちのせいで。」

 思わずパチパチと瞬きをする。
 今、なんて言ったんだ?
 ごめんなさい。謝罪の言葉。
 そうだ、彼女は人類が月に移住したときを生きた人間なんだ。俺はというと、全てが起こったあとに生まれた人間。気づいたら、ここが故郷となっていた。離れたくても離れずにいて二十数年、大人たちが叛逆したAIたちに憤る様を嫌というほど見てきた。科学を追い求めて、自分たちで作り出した産物を自分たちで一方的に責め立てて、阿呆らしい。何も関係のない未来の俺たちまで巻き込んで!そうさ、全部大人たちのせいなんだ。彼らのせいで、俺たちはこんな生活を強いられている!
 ……そして今、この人は謝っている。
 でも、それがなんだ?
 何かが変わるとでもいうのか?
 何も変わらないだろう。

 ……大丈夫ですよ。全身全霊をかけて、俺たちがみんなを守ります。

 俺はなんとか笑みを浮かべる。ご老女は、おぞましいほどシワだらけの笑顔を向けてきた。

ーービーッ、ビーッ、ビーッ。
  警戒警報。AIが基地に接近中、繰り返す、AIが基地に接近中。

 けたたましい音とともに、施設全体がぐらぐらと揺らぐ。脊髄反射と言う名の自動ソフトが起動し、俺は一般人に避難をするよう指示した。ご老人は見た目に反して素早い。しかし、子供たちはまだ混乱している。俺と、偶然近くに居合わせたジャックで、みんなを避難室に連れていくことにした。長老たちが一番安全だと主張する部屋なんだが、実際のところはどうなんだろうか。
 だけど、今は信じるしかない。子供たちやご老人たちを部屋まで案内した。全員が入ったことを確認し、俺とジャックは他の機動隊員と共に機械設備室へと向かう。本館から少し離れた場所にあり、一本の広い廊下をたどっていく。着くとすぐに、戦闘用宇宙服と電子銃で武装する。スイッチを押せば、始まりだ。背中にあるエンジンが唸り、俺たちは基地から跳び立つ。前方から、噂のAIが向かってくるのを目視。しっかりと武器を握る。

 「半径150メートル以内に突入し次第、銃撃隊は撃ちはじめろ!」

 名前は忘れたけど、我らが司令官の命令だ。
 俺は銃の先を、AIの群に向ける。
 掌から汗が滲み出るのが感じられる。
 手袋をしていてよかった。

 さあ、カウントダウンだ。
 一瞬が。
 長く。
 空気が。
 重い。
 息。

 「撃て!!!」

 合図にあわせて銃を放つ。出てくる弾は電気の弾。月の重力に逆らって、まっすぐと敵軍に飛んでいく。原理は、正直わからない。それはここにいる全員がそうだろう。それでも、俺たちは迷わずに引き金をひきまくる。AIたちも撃ちはじめた。月面に着弾する音が耳元をかする。
 それでも恐れてはならない。
 また新しい明日のために。

 全滅させたことを確認し、俺たちは基地に戻った。負傷者は何名かいた。俺もそのうちの一人だ。でも、他に死人がいなくてよかった。本当に、よかった。怪我人は、治療を受けるために安静にしていろ、と言われた。俺もそう。じっとしている。
 横で、ジャックが俺に呼びかけている。
 ただ、疲れて何を言ってるのか聞こえない。目を閉じた。
 手袋が邪魔で、最後の温もりを感じられなかった。

 あのさ。俺、自分のこの人生がすごく嫌いだったんだ。
 どうしてって、そりゃあ、ね。
 他の誰かのために、ずっと戦わなきゃいけなかったからさ。



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