新緑の栞

     日記より27-2「新緑の栞」         H夕闇

               五月十二日(金曜日)晴れ

 もう一人、僕に娘が出来た。僕の子は永らく三人+一匹の筈(はず)だったが、(他にも、教え子の中には、ここを半(なか)ば実家のように心得る者も居(い)るが、)又それとは別口である。

 尤(もっと)も、こうした場合い一般に持ち上がるべき家庭争議は、今回チットも起こらない。寧(むし)ろ家内は喜んで「腹違いの娘」と認知した。

 一夜かの女(じょ)は不意(ふい)に我が家を訪れて、僕ら夫婦と楽しい宴(うたげ)を共にした。そして、勧められて、再訪を約し、手紙を書くと言って帰って行った。それに住所やメルアド(メール・アドレス)も書くとのことだった。

 その顛末(てんまつ)に就(つ)いて(興味深い事柄なので)ここに書きたい所(ところ)だが、件(くだん)の手紙が未だ来ず、従ってメルアドが分からない。ということは、(僕は公表前に必ず主人公の同意を得ることにしているのだが、)既に出来上がった下書きを添付ファイルで送信して本人の承諾を得ることが出来ない侭(まま)で永く滞(とどこ)っている。

 それで、先月来、日に幾度(いくど)も郵便受けを開けて見る仕儀(しぎ)と相(あい)なった。

 かくして、何度目かに覗(のぞ)いたポストの中に、一見して全体的に緑色を帯びた郵便物を見出(みいだ)したのは、数日前である。只さえ狭い葉書きの紙面に沢山(たくさん)の小さな写真がモザイク模様みたいに並んでおり、それぞれが今の季節に特有の若葉を背景とした映像だから、それで緑の基調(トーン)と僕は感じたのである。

 葉書きの表も裏も最大限に利用して、(その結果、宛(あ)て名(な)や差し出し人の住所と氏名は極めて肩身が狭く、)細かい文字の文面は言うに及ばず、俳句やら写真やらが数限り無くギューギュー詰(づ)めに押し込んである。

 こういう葉書き遊びを敢(あ)えてする人物は、(世の中広し、と言えども、)HT氏しか居まい。但し、かれの郵便発作(ほっさ)は季節性で、これまでは年末年始に限られ、同様の形状の年賀状が(旧年中から)何枚も連載で配達されるのが常だった。

 近頃は陽気が良くなって、若干(じゃっかん)ほだされたか。書きたい事や見せたい物が貯まって来て、年の瀬まで待てなくなったか。それに曰(い)はく、

     スマホなく時計も外したこの自由

     木の枝で爺が楽しめる翔タイム  HT

 僕はEメールで返事を書いた。

拝復

 若葉を背景とした枯れ葉人形の写真の数々、それらを繋(つな)ぎ合わせたパッチ・ワークのような葉書きを、おととい落掌(らくしょう)しました。

 きょうは自転車で古本屋へ。緑の風に誘われて、本漁(あさ)り序(つい)でにT地区へ足を伸ばしてみました。

 結婚してから第一子Kが歩き始めた後、二番目のMが産まれる前まで、そこに住んでいました。バス通りの坂道に面した小さなアパートが、高い街路樹の傍らで、今も健在です。

 その裏の公園で、出産祝いに贈られたピンク色の靴(くつ)を履(は)いて、Kは歩き方を覚えました。その幼い子が結婚して、今年は子さえ儲(もう)けたこと、抗し難い時の流れを(手に触れる程)痛く感じます。言を絶して、感慨が無量です。

 そこの葉桜の下のベンチで、きょう僕は妻の手製お握り(筋子(すじこ)入り)を頬張(ほおば)り乍(なが)ら、読み掛(か)けの森まゆみ著「一葉の四季」を開きました。例の新緑パッチ・ワーク様(よう)の葉書きが、その本に栞(しおり)として挟(はさ)んで有ります。

 嘗(かつ)て末っ子Yが産まれた後、Kは自分で補助輪つき自転車を踏み、それを僕が後から監督しつつ、自転車の前後にMとYの二人を乗せて追い駆けたT地区の道を走り、K地区へ出ました。

 そこは祖母の葬式から帰った翌朝にブラリと出掛けた公園で、当時は(地下鉄工事の残土を捨てる為(ため)の)只の空き地でしたが、今は木立ちの中で綺麗(きれい)に整備され、花壇や東屋(あずまや)や散策路も設(しつら)えられています。そこのベンチでも、緑の栞の所から本を開きました。

 そこの団地では、(町内会の役員をした関係で)子供お御輿(みこし)やらサンタ・クロースやら、諸々(もろもろ)やったことを思い出しました。あの頃の子供たちの友達は、今どこで何をして暮らすのでしょう。

 T地区でもK地区でも、以前の僕らの住まいに知らない人々が住む気配で、表札に知らぬ名が記され、ベランダに見知らぬ家族の洗濯物が干して有りました。

 遠く隔たってしまった日々が懐かしいやら、今それらと世界を異にして暮らす僕らが信じられないやら、とても妙な気がします。

 葉書きの栞だけでなく、周囲は若草色が滴(したた)るように萌(も)えて、心地(ここち)の良い季節になりました。

 小さな写真のパッチ・ワークみたいな栞、今の陽気にピッタリですなあ。                                                草々

     往年の住み家を巡(めぐ)る自転車旅(ツーリング)
                緑したたる栞を供に  夕闇

追伸

 度々(たびたび)で恐縮ですが、きのうのメールを又ブログに再利用すること、御了承を願えませんか。

 書き直せば良さそうなものですが、僕は変に筆不精(ふでぶしょう)で、そうも行きません。

 言い訳がましい事を言うと、メールでも日記でも、僕は書く度に「これ以上に良くは書けない」という位(くらい)に全力で書くので、同じ内容を二度と書く気にはなれないようです。それで、他の場面で書いた文章を使い回しする、という結果になるのです。どうか悪(あ)しからず。

                **          (日記より)

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