月の国の在輪巣

川底に眠る爆竹は強烈な水しぶきを瞬時に押し上げた。村からは点々と灯りと同じ数の人間がわらわら集い始めた。海は割れた瓦礫の中に吸い込まれたようだと、確かに先までは水面であった海底都市の欠片が水気で湿らせ証明していた。丸穴からは吸盤がひっ付き剥がれを繰り返すような音が滑稽に繰り返し響いているが、対照的に村人はあまりの急事に言葉を失っている。誰しもが分かっている。何もしないことが賢明だと誰しもが分かっている。現状を維持することは歳を増すごとに不動の正義である。しかし十戒を守れないからこそこの村にも例外なく法があり、それが異例の穴を覗き込む行為への明らかな証拠であった。数人の太い足音と同時に傍観者は少し退く。目を疑った。穴は不動そのものであったが、それ以外が吸い込まれてしまった。穴以外の全てが無くなってしまった。傍観者が消えた。村が森が在るべきところに無が拡がる。決して威勢ある前衛者達が穴に吸い込まれたわけではないのは、紛れもなく月が証明している。酸素と月の笑い声が届くのは外界だけ、それが常識だ。笑い声は寸分も途切れない。何もないはずなのに、目の前に穴がある不可思議はその場にいる誰もが感じており、共通認識だと確認を互いにとりあった。ここは川底であった場所。かつてここに何があったのかなんて誰も気には留めていなかった。眠りたくても横になれば永久落下の感覚を覚え落ち着かない。落ちている感覚はあるのだが、皆との距離は全く離れておらず、月の唄もどこまでも同じ音である。刺激のない永遠は命の価値を急落させるのだ。穴を覗く。そこには月の目があった。月は口を結んだ。男は苦しみを覚え、すぐに頭を上げたらそこには一面の篝火。月も酸素も無い。この炎に安らぎを覚える男は、淡々と足を踏み仄かな光へ吸い込まれていった。男は笑い、唄い、安らかな原子を種に与え、かつてはヒトと呼ばれたその形は、月と命名され、姿を形成、変化を永遠に遂げていった。

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