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【七十二候】季節と言葉たち〜款冬華

かつて暦として使われていた、一年を5日ごと72に分ける七十二候。
その名称は、気候の変化や動植物の様子が短い文で表されています。
美しい言葉なので、それをテーマに、作家の方の名文や、創作したエッセイを綴ります。

七十二候(1/20~1/24頃)

款冬華 (ふきのはなさく)
厳しい寒さの中、蕗の薹(ふきのとう)がそっと顔をだし始める時期

テーマ「款冬華」
(名文より)

蕗になる

ああなぜ わたしひとり
かうしてひつそり歩いてゆくのだらう
道は
落葉松のみどりに深くかくれて
どうなつて行くか解りはしない。
何処かの谷間には
すももが 雪のやうに咲き崩れていたが
人ひとりの影もなかつた。
それに こんなに空気の冷えているのは
きつと雨あがりなのだらう。
なぜ 私ひとり かうして
鶯の声ばかり こだまする
海のやうな 野から林へと歩いてゆくのだらう
みんなは
なぜ私をこんな遠いところまでよこしたのだらう
ああ 誰も気づかない間に
私はきっと
木の下で一本の蕗になるのだ

伊藤整『雪明りの路』より

4月8日 中島公園にて

「海のような 野から林へ」という言葉が素敵です。
小樽は坂の街で、市内のほとんどが、天狗山(小樽一高い山)の裾野ではないのかと思えるほど、すべてが天狗山に通じるような坂道(嘘です、それぞれが坂道の頂上がありますが)ばかりのような気がします。
そして、とにかく坂ばかりですから、どこから振り返っても海が見える印象。実際は、住宅もたくさんあるため、まあまあ上じゃないと海が見えなかったりしますが。

私の実家は天狗山の中腹にあり、坂の上にあるのですが、私の部屋には窓がふたつあり、一つの窓からは天狗山が、もう一つの窓からは海が見えました。
それだけで映画になりそうな風景でした。

3月の小樽の海(赤岩より望む)

伊藤整は小樽ゆかりの作家です。
ちなみに私の高校のずっと昔の先輩になります。

伊藤整が表現した海は,私が見ていたのと同じ海。
きっとこの坂の上で彼は見たことがあるに違いない。
彼が通ったのと同じ高校から見る景色。
それだけで私の胸は熱くなるのです。

小樽では毎年2月に「小樽雪あかりの路」が開催されます。
小樽運河や、手宮線を舞台に、手作りの氷の中のキャンドルが幻想的に浮かび上がる、それはそれは美しいイベントです。
その「小樽雪あかりの路」は、小樽出身の作家、伊藤整『雪明りの路』にちなんで命名されました。

冬の小樽北運河
散策路がない場所で、
観光客の方はあまりいません
冬の小樽公園の白樺並木
小樽駅
旧手宮緑地跡(初夏)

「小樽雪あかりの路」公式サイトさんから紹介文をコピペします。

「この北の町に奇跡的に残された小さな古めかしい街並みや、運河で、かつて北海道の開拓を支え、今は用済みとなった旧幌内道―手宮線、廃線跡地を舞台として、厳寒の2月、運河に浮かぶ数百ものガラスの浮き玉のろうそくの灯りは、水面に浮かぶ天の川となり、降り積もった雪の中に無数のろうそくの灯りが揺らめく廃線跡地は、路地裏の銀河鉄道としてよみがえる」

表現が美しいですよね。
そして、その表現通りの美しい情景があるのです。
小樽はさびれて久しく、夜8時以降の中心街は、ゴーストタウンのように、シーンとしているし。
でもちゃんと人は住んでいるんですよ(苦笑)
そんな寂しい夜に誰もいない舗道で、電灯の下に立ち、天使の羽みたいに柔らかで、雪の結晶の形が集まった雪が降っている。ばかみたいにずっとそこに立って、吐く息が真っ白なのに、寒さも忘れて夜空を見上げていたくなるほど美しい。それが私の故郷なのです。

伊藤整さんの詩集をまた読みたくなりました。
ちなみに蟹工船で有名な、同じく小樽出身の作家、小林多喜二さんの実家はわりと近所でした(笑)

七十二候の説明

「二十四節気」は、立春や夏至などを含む、半月(15日)毎の季節の変化を示すもの。
古代中国で暦として発達してきました。
これをさらに約5日おきに分けて、気象の動きや動植物の変化を知らせるのが七十二候(しちじゅうにこう)です。
こちらも古代中国で作られましたが、二十四節気が古代のものがそのまま使われているのに対し、七十二候は日本での気候風土に合うように改定されました。
その名称は、気候の変化や動植物の様子が短い文で表されているのが特徴的です。

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