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60歳からの古本屋開業 第2章 話はこうして始まった(7)蔵書移植作戦

登場人物
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ
父 私こと夏井誠の父


孫と本をお土産に

 しかし、私にはもう一つ、最後の手段が残されていたのだった。
 かくして私は、長野の父親のところに孫を見せに行くたびに、段ボール数箱分の本をついでに持ち込むという所業を繰り返すことになる。
 父の家の図書室は、広さ8畳。四方の壁は、窓や扉の部分を除いて、すべてが天井まで本棚。さらに部屋の中央にも2m以上の高さがある本棚が2つ、これが背中合わせに並んでいる。すべて大工さんに特注の分厚い板でできた超頑丈なものだ。
 その家に父が東京から転居した当初は、それまで父の買い集めた全集や、大昔の百科事典(使わないのに絶対捨てない!)などが整然と並べられ、そこに新たに集め出した小説や、長野の風俗史、地史に関する本が、これまた整然と加えられていった。
「なんだ、また持ってきたのか」
 孫を連れてくるたびに、本がぎゅうぎゅうに詰め込まれた段ボールが2つほど持ち込まれるのを見て、そんなことを一応口にする父だが、本が増えることは単純にうれしいらしく、私が段ボールから本を出して本棚に適当に並べようとすると、
「いいよ、そのままで。どんな本か確認するから」
と、むしろ楽しみにしている様子もうかがえる。
 そんなことを何年も繰り返すうちに、本棚に整然と並べられた全集や単行本の前の20㎝ほどのスペースに、もう一列の本が並ぶことになる。
 幸いなことに(ここで使う言葉じゃないか)私の運び込んだ本は7割がたが文庫本。
 つまり前列にびっしり並べても、後列に並ぶ大判の全集は、何がどこにあるのかすぐわかる。
 あの、クラスごとに撮影する卒業写真のような塩梅。背の高い人が後ろで顔だけ写ってる、そんな具合である。

うしろの「現代日本文学大系」の邪魔にはなっていない、だろう……。

 しかし、私のバカな性分というか、長野に行くたびに自宅の本が減り、新しいスペースができてくると、また本を買いたくなる。
 もちろん奥様の目もあるので、空いたスペースをそのまま新しい本で埋め直すようなことはしないが、前よりも少し抑えめのペースで再び本を購入しだす始末。
 そして溜まってくると、また孫とともに長野に輸送。
 以前、中国が今ほど威張っていなかった時代、日本のゴミをお金を払って中国に運び込んでいた、なんてひどい話を聞いたことがあるが、こちらはお金さえ払っていないのだから、もっと悪質かもしれない。

増え続ける実家の蔵書スペース

 さて、増え続ける本は、ついにはその図書室からはみ出してしまうようになる。
 そんなある年、2階に上がってみると「あら、お見事!」。
 驚いたことに、ここにも新たな本の保存スペースが出来上がっていたのだった。
 長野の家は田舎ならではの大雑把な設計で、階段を上った先には、東京の家の設計なら絶対ほっとかないほどの広々としたスペースが踊り場として存在している。
 その広さ約8畳。都会のワンルームより広大な踊り場である。その窓際と部屋の壁に沿って背の低い本棚が並び、そこがマンガ本専用スペースとなっていたのだ。ああ、感激。
 実は、私が持ち込んだ本には結構な量のマンガも含まれており、それがシリーズごとに綺麗に並べられている。
 その量は1000冊ほど。マンガの取り揃えが自慢の中華屋さんや床屋さんより確実に多いだろう。

マンガ専用棚。そのほんの一部。

 マンガというのは、綺麗に並べられていると不思議な磁力を持っているようで、その場を無視して通り過ぎるのがなかなか難しい地帯となる。
 その踊り場に「よっこいせ」と座りこめば、目の前はマンガだらけ。しかも、もともと自分が好きで購入したマンガだけが並ぶという夢のようなラインナップである。そのまま座り込んで、つい手にしたタイトルをうっかり全巻通読してしまう、なんてことを、いったい何度繰り返したことか。しかもすぐ横には畳の部屋。部屋にマンガを持ち込めば、そこはいつでも読書と昼寝の「夢の空間」に早変わり。
 同じような現象は、もちろん下の図書室でも起こる。考えてみれば、それもそのはず。自分が好きで購入した本ばかりが並んでいるのだから、まさに私にとって理想の図書室である。
「あぁ、これ面白かったんだよね」
「うーん、これ持って帰って、もう一回読もうかな」
などと考えながら、あっちこっち引っ張り出して、せっかく持ってきたのに、また東京に持ち帰ったり、何が何だか、わからない。

 とまあ、ここまで一気に本にまつわる我が半生を語らせていただいたが、こうして夏井家の、個人にしてはあまりにも膨大な本のストックが出来上がったわけである。
 そんな本好きの父も92歳。
 今後もう絶対読まないであろう全集の処分なども含め、
「どうしようかなー」「捨てるのもなー」
との悩ましい状況下で、順序は逆になりましたが、これが第1章の「予算は2万円! 激安物件探索ツアー」というお話に続くのであります。

(第3章につづく)


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