見出し画像

棒人間たちの住まう村で

 旅に出たのはいいものの、生来の迂闊な性格が災いしたのだろうか、森で迷ってしまった。もう二日も何も口にしていない。このままでは倒れるのも時間の問題だと絶望しかけていた所、何者かが近づいてい来る足音が聞こえた。見ると、そこには棒人間がいた。ついに幻さえ見えるようになったかと乾いた笑いが漏れたが、どうやら彼?は手招きをしているようなので、付いて行くことにした。どうせこのまま彷徨って死ぬのを待つくらいならとやけになっていたのだが、なんと森を抜け、村に辿りつくことができた。棒人間に勧められるままに、まるでおとぎ話にでも出てきそうな木造の一軒家に入ると、なんと食事を出してくれた。スープとパンというシンプルなメニューでありながら、味は悪くない。それどころか旨い。腹が減っているから余計にそう感じた。すぐに平らげてしまうと、おかわりまで出してくれるのだった。

 おもわぬ恵みをもらったことに感謝の意を伝えると、棒人間は両手を上げたり下げたりした。多分喜んでいるのだろう。どうやら言葉は通じるようである。すると彼は手招きをして外に出ていったので、私も付いて行った。そして村の中でもひと際大きな住居の中に私を通した。村の人間たちは皆、棒人間であった。冷静に考えれば恐怖を感じてもおかしくないはずだったが、あまりに現実離れしている光景に却って冷静になったのだろう、自然に「ああ、ここは棒人間たちの村なんだ」と思うだけだった。

 家の中にはシンプルな木造のテーブルや椅子、大小の棚が置かれている他何もない、いたって質素なつくりになっていた。だが広さはかなりのもので、恐らく村の住人を集めて話や相談をしたりする際にはここを使うのだろう。そんなことを考えていると、奥から杖をついた棒人間が現れた。直感的に、彼がここの長老なんだということが分かった。

 棒人間たちは口を持っていないから話すことができなかったが、鉛筆を持って(持ってという言葉が正しいかは分からないが、手の先っぽに鉛筆がくっついているのだ)字を書くことができるようで、村長は紙に書いて説明をしてくれた。やはり、ここは棒人間の村で彼が村長らしい。そして次のような提案をしてくれた。棒人間でないあなたがこの村に偶然来たのは驚きであったものの、客人としてもてなそうと思っている。あなたは旅人であるから、長居はできないだろうがせめてものもてなしを受けてほしい……。私は了承した。

 夜、パーティーが催された。棒人間の他何もない村ではあったが、その棒人間が実に面白かった。普通の人間であったら絶対にできないようなアクロバティックな空中回転や逆立ちジャンプを楽々こなしたし、十人肩車、しまいには逆ピラミッドを作ったりもした。素晴らしい技に拍手を贈ると、皆両手を挙げながらジャンプして喜んでくれた。そのジャンプも、やはり生身の人間では考えられないような凄まじい高さのものなのだ。森で死にかけていた時はどうなるかと思っていたけれど、こんな体験をできるのならば悪くない。そんなことを考えていた。

 次の日、出発ということで村長のもとに挨拶に行くと、彼は一つお願いをしてきた。というのも、今は農作業が一番忙しい時期なのだがこの村は人口が少なく、満足に仕事をこなすことが出来ない。そこで、可能であればあなたにも手伝ってほしいということだった。勿論、その間の食事や住まいはこちらが提供させて頂くという話である。直ぐに私は村長の頼みを受け入れた。棒人間に助けられなかったら、元々なかった命なのだから、その恩人の頼みを断る訳にはいかないし、なにより気ままな旅だから急ぐ必要もないのだ。

 村には農業機械がないばかりか動力となる家畜すらも存在せず、昔ながらのスキやクワといった農具での作業だった。大変だったがこれが棒人間の助けになると思えば辛くはなかった。次の日も、その次の日も私は農作業に駆り出されたが、不満よりもむしろ満足感を覚えながら畑から帰って来たものだった。

 ところが、私に課される仕事は日に日に増えていき、その一方で村人たちの私に対する扱いも、最初は親切であったが次第にぞんざいなものになっていき、毎日の農作業の疲れからおもわず寝坊してしまうと、なんと飛び蹴りされる有様だった。この村に対する感謝の思いも薄れていき、もう役目は果たしただろう、助けられた恩は返しただろうと思うようになったので、私は村長に対し、そろそろ旅に戻らればならないから、明日出発する、これは変えられないことだと話した。村長はなんとか私を引き留めようとしたが、私の意志は変わらなかった。

 その時、村長が突然目の前のテーブルを思い切り叩いた。それを合図に、続々と村人たちが家の中に入ってきて、あっという間に私は取り囲まれてしまった。何をするんだと叫んだ時には、もう遅かった。棒人間たちが、一斉に私にとびかかって来たからだ。最初に、左目を抉られた。絶叫すると今度は右目を抜かれた。鼻を削ぎおとされ、耳も取られた。もはや痛みを感じているかどうかもわからなかったが、口が奪われると叫ぶこともできなくなった。夥しい血とともに、皮膚や骨の残骸が辺りに散らばった。もう、原型を留めてなどいなかった。私は意識を失った。気付くと、私は棒人間になっていた。

 今では棒人間としてこの村で暮らしている。逃げようかとも考えたが、すぐに諦めた。棒人間が元の社会へ帰り、元の生活を再開することができるはずもないのだ。その代りに、私は村人として課された仕事―近くの森へ行き、彷徨い歩いた挙句倒れてしまった人間がいないかどうか探すのだ―を全力でこなすことにした。やがて村人たちは私のことをすっかりと受け入れてくれた。人間に対しても、初めは申し訳なさや罪悪感を感じていたが、口がないから真相を喋ることもできなかった。罪の意識すら失った私は、「パフォーマンス」として教えられたジャンプや回転を淡々と客人たちのためにこなしている。彼らはすごいすごいと思わず漏らしながら、惜しみのない拍手を我々に送るのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?