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真昼のシンデレラ

あと1セット取れば勝ちだ。そう思ったら余裕が出て、彼女は会場を見渡した。このどこかに彼がいるはず。メッセージのやり取りで「試合を見てみたい」というので日時と場所を教えた。どんな男性なのだろう、そう思うと集中が出来なくなった。

「後半は惜しかったな」アリーナの出口で声をかけられた。初めて会ったのに馴れ馴れしい。彼だ、すぐわかった。「これから仕事なんで。また連絡するよ」身長の高い彼女を更に超えるところからの低い声。試合後の疲労した心臓を射抜かれて、何も発せなかった。

後日、彼と会うことになった。惚れた男とすることは決まっていた。ホテルに行って愛を語りあった。「どんな女なのか一目見て、からかってやろうと思った」開口一番そう言われたが、こうやってまた会えたのだからお互いに気持ちは同じだった。

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夫が転勤になり、家族揃って地方都市へ移った。転居の少し前、彼女はそれまで付き合っていた男と別れ、寂しさを埋めるために携帯電話の出会い系サイトを始めた。手当たり次第にアポイントを取ったが心が満たされることはなかった。

地方都市に移ってからも彼女は出会い系を続けた。『年下の既婚者希望。専業主婦なので午前中しか会えません』プロフィールにそう書いた。強気だがこれぐらいの条件が合わなければ長続きしないだろう。とはいえそれに当てはまる人はなかなかいなかった。

彼は彼女の要望を見て、なんてお高い女だと思った。冷やかしでメッセージを送ったが、やり取りをするうちに彼女の面白さにのめり込んでしまった。それでもネット上なら何とでも言える。スポーツに打ち込み、自信があると言うその腕前を見せてもらおう。もしもだらしない年増女ならネタにしてやればいい。

フルセット戦って汗だく、化粧もしてないスッピンの中年女性、心地よさそうな疲労感と、蒸気した身体。躍動するしなやかな彼女の様子を見て、彼は心動かされた。自然と慰労する声をかけたくなった。

夜勤の仕事をしている彼と、専業主婦の彼女は、昼間自由に動き回った。お互いの自動車で移動して、郊外のホテルや人気のない河川敷、山の中で、様々なシチュエーションで愛の形を求め合った。昼過ぎには帰らなければならなかったが、それまでの時間を濃厚に過ごした。

彼女の24時間が満たされた。家庭が上手くいき、家事も、子育ても、スポーツも、生活が潤った。それでもさらに求めたくなる。彼と一緒に泊まって朝を二人で迎えたい。そんなことを願ったからだろうか、首都に戻ることになった。潤いは2年で終わった。

しかし彼女の引きは強かった。彼が単身赴任で首都に来た。一人暮らしのアパートに頻繁に会いに行った。今までの忙しい逢引とは違い、家着をおいてくつろげることに彼女はニヤついた。何度かお泊まりもした。あけぼのの光がベッドで絡み合う二人を照らす。帰らないシンデレラ。薔薇色の年月はその後3年間続いた。

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デパートに入っている広々としたカフェの窓際席で待った。暖かいコートを着た人が歩くのが見える。ガラスの近くは寒かったが外の様子が見れるのは楽しい。お茶の時間だが客はまばらで、入ってから15分経つが注文を聞きに訪れる様子もなかった。そこに彼女がやってきた。ショートヘアに暖色のメッシュが入り情熱的な感じがした。

「有名な掲示板に晒されたのよ」

赤裸々な内容が暴露された。彼女は満ち足りた日々をクローズドなSNSで書き綴っていた。ババアが盛り上がって書き散らしてる、と辛辣に煽られた。その時は誰がリークしたのか気になり気持ちが休まらなかったが、今となっては

「もっともよね」

と彼女は笑い飛ばしていた。

ヤンキーの先輩に尽くしたのにフラレたこと、近所の自動車整備工場の若者にアタックしたこと、友達のお兄さんを紹介してもらって爽やかなお付き合いをしたこと、社会人になって上司との不倫をしたこと、会社でひどい男に振り回されて捨ててやったこと、炎天下のプールでひたすら話を聞いてくれた男性と結婚したこと、夫とは会話もなく子供が生まれてからセックスもなくなったこと、スポーツ教室のコーチと不倫したが奥さんにバレて連絡がなくなったこと。

どんな人に対しても一生懸命アタックする。そんな彼女も今は地方都市に戻った彼と生存確認をする程度の静かな間柄に落ち着いた。恋はまだまだ終わらない。

スポーツは動けば動くほど汗をかき苦しいが気持ちがいい。愛することや恋することもそれと同じように思える。いくつになってもそれはかわらない。人の道から外れていようとしても人間の本能だから。


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