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ローローDoing! - ホームスティ先は貴族のお屋敷!? ① (イギリス)

高校一年生だったローローの日記:


198○年の7月20日①


ロンドン行きのJALのジャンボ機!

興奮して飛行機の窓から翼の写真を十枚以上も撮っちゃった!

フィルムは10本しか持って来ていないけど、足りるかな。でもイギリスにも富士フイルムもサクラ(コニカ)フィルムもきっと売っているよね。


あ、なんで高校一年生の夏休みにロンドンに行くことになったかといえばね、

全学年の英語成績優秀生徒11名のみ、学校が主催のイギリスホームステイ&ロンドンパリ観光ツアー企画のメンバーに選ばれるっていうのがあって、私もそれに選ばれたの。

高校一年生からは私だけなのよ。だからお母さんも喜んじゃって、これはぜひ行かせないと、と約百万円参加費用を京都のお爺さんお婆さんに電話でお願いしてくれたの。

でもね、後になって思えば百万って高すぎるわよね。イギリスの田舎の一般家庭に一ヶ月弱ホームステイするのがメインなのに、どうしてそんなに参加費がかかるのかしら。

引率する英語先生の渡航費用滞在費用そして学校へのキックバック代も入っていたんだろうなって、大人になってから何となく気づいたわ。

お母さんも分かっていたはずだけど、民間業者の主催ではなく学校の主催で、英語教科の先生も同行するというのに安心したんだろうなあ。



198○年の7月20日②


この数年前に御巣鷹山の便羽田発大阪行日航ジャンボ機123墜落事件があったのだけど、あの事件の翌日の全く同じ羽田発大阪行123便を私は乗ることになっていたの。

関西の従姉妹二人が東京ディズニーランドに来たくて、うちに泊まりに来ていて、

お父さんの勤める会社がディズニーランドのスポンサー企業だったのと、そこの会長と直接知り合いだったこともあって、どのアトラクションも表の列に並ばず裏から全てさっさと入れてもらえたのよ。

神戸ポートピアでもつくば万博でもそんな感じで、全く列に並ばなかったの。お母さんは「教育に悪い」って難色を示していたけど、お父さんは

「こういう裏の世界があることを教えておくのも教育だ。そしてどうせ(勉強がだめな)ローローなんか大人になったらこういういい思いはできないに違いないから、今のうちに体験させてやれ」。

結局、お父さんの言う通りになったわ。大人になるとこういう恩恵一切もうないわね、ふふ。


話は脱線したけど、従姉妹二人がこっちに来たので、その後私も一緒に関西へ行くことになっていたの。それで三人分(年上従姉妹二人+私)の飛行機の座席も予約していたのよ。

ところが前日に飛んだ同じ123便が墜落...

お母さんは顔を真っ青にして向こうのおばさんに電話して、何やら相談。

でも結局、事故の翌日に羽田空港へ向かったの。空港内はとても物々しい厳重警備体制で、報道陣の数など凄まじかったわ。あの異様な空気の羽田空港のことはいつまでも忘れられないわね。


その数年後にね、英語圏のジャンボ機に乗ったら墜落しそうになってね、機長がアナウンスで

「できることは全てやった。でももう神に任せるしかない、祈りましょう」。

そして聖書の一節を読み上げ始めたことがあったの。

ものすごく揺れて煙も出ていたし、私も絶対落ちると思って遺書を書こうとしたのだけど、あそこまで大きく揺れると文字なんて何も書けやしないわね...

そして気になったのは、こういう時イスラム教の国の飛行機だとコーラン、日本だと仏教の聖典を読み上げのかしらね...


結局、何とか他の空港に緊急着陸ができて無事だったんだけども、あれを経験してから日航ジャンボ機123便墜落事件のことも、ものすごくいろいろ思うようになったし、

大人になってから日航墜落事故現場の撮影の仕事をやって、しっかり手を合わせ黙祷したわよ。二度と起きてはならない事故だったもの...



198○年の7月20日③


お母さんは「JALのジャンボ機、大丈夫かしらねえ」とずっと心配していたけど、全く何も起きなかったわ。


ロンドンへ向かうのに、飛行機はまずアラスカのアンカレッジ空港へ向かって飛んでいたの。

「本当はソ連の上空を飛べたら、ヨーロッパなんてすぐなんだが、ソ連の空域には入れないので遠回りするんだ」

と機内の後方席で、みんなでお菓子を食べながらトランプをして遊んでいる私たちに、引率の英語先生(40ぐらいの"おじさん")が、言ってきた。

意味が分からずキョトンとしていると、社会主義のソ連上空は飛べないんだ、と教えてくれたの。

ソ連ってロシアのことなんだけど、まさかこのたった約1年半後にソ連が崩壊するなんて、英語先生も含めだーれも想像していなかったなぁ...。


飛行機の後方席でみんなでトランプしながら和気あいあいとしている時、誰かが持ってきた漫画、吉田まゆみの『エリーDoing!』(マーガレットコミックス)を回し読み!

主人公は高校生の日本人女の子、エリコ。絶対『いとしのエリー』の歌から名前を付けたんじゃないかしら。

『エリーDoing!』はエリコ(エリー)が、アメリカの西海岸にホームステイ高校留学するストーリーなの。


最初はバスケットボール部のエース君とデートしていい雰囲気になるのだけど、エース君は日本人のエリコが物珍しかっただけで誘ってきたというのが発覚!

傷ついたエリコを慰めるのはテニス部のエース君。で、今度はこっちといい仲になっていくのよ。

もうドキドキして読んじゃった! 私たちもイギリスで漫画のエリコみたいに、素敵なイギリス君たちに出会えるかしらって!

ちなみに確か留学最終日に、高校生のエリコとテニス部エース君はベッドインして、続編では彼は日本までエリコを追いかけてきたわね...

当時の少女漫画は、せいぜいキスだけだったから、ものすごくびっくりしてドキドキしたわよ。笑


ちなみに『エリーDoing!』が描かれたのは1980年代初頭で、まだ高校生のホームステイだとか留学が珍しかった時代。でもそれから十年近くたってから読んでも、十分ワクワクドキドキ。

まさに当時の一般的な日本の女の子たちが憧れるキラキラしたアメリカンスクール生活を、そのまま描いた漫画だったものね。

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↑"What do you want?"  "You!!" wwwww

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↑「青い目のナイスボーイ」いっぱいのロサンゼルスの高校ってどこよ? www

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↑"ハイスクール、あいつクール"のタイトルにもウケました


私の番になって夢中で『エリーDoing!』を読んでいると、ドリンクを配りに来たスチュワーデスさんが

「大学生のグループなのですか?」。


「いえ、この子たちは高校生です」

英語先生がカッコつけた笑顔でそう答えると、そのスチュワーデスさんは「えっ!?」 と、とても驚いた顔をしたわ。

「短大生や女子大生のグループじゃなくて、こ、高校生グループ!?日本は本当に裕福になったのねぇ」。


私たちはニコニコ。だって私たちは物心ついた頃から

「日本は経済大国、世界一の経済大国」

と言われて育って、自分たちは世界一お金持ちの国にいるんだろうなって思っていたの。大きな勘違いだったけどね。笑


スチュワーデスさんは私たち生徒にはジュースだとかスナック菓子をいっぱい渡してくれたの。いくらでもどうぞだって!

英語先生はワインを貰ったのだけど、離陸後からずっとお酒のおかわりばかりしてがぶがぶ飲んで、すでにすっかり赤ら顔!

これが修学旅行なら、他にも教職員が大勢いるので、もっと自制しているのだろうな。

でも今回の引率教職員は何しろ英語先生ただひとり。だからどう見ても、生徒たちよりも誰よりも、すでに一番愉しそうに羽目を外しているようだったわ!



そうしてアンカレッジ空港に"途中下車"。

日本人ばかりで成田空港と何も変わらなかったけど、唯一の違いはアンカレッジ空港では白熊のぬいぐるみ、白熊のイラストのシャツ、白熊のキーホルダーなど白熊グッズばかり売っていたことかなあ。とにかく白熊白熊白熊!

余談だけど、2000年頃のフィンランドの空港にはムーミングッズばかり売っていたわよ。笑


アンカレッジ空港の免税店では、思わず白熊のモチーフの18kのネックレスを買っちゃったんだけど、まずいわよね。ここで手持ちのトラベラーズチェックの半分以上使っちゃった!


トラベラーズチェックといえば、さっき機内でトランプをしていた時に

「ねえねぇ、お小遣はいくら持ってきたの。私はトラベラーズチェックで80万円分」

と、三年生のリッチ子先輩(某大手企業創始者の孫娘)。


リッチ子はとてもリッチで、週末には"ちょっと服を買いに"母親と香港にひょいっと飛んだり、月々の小遣いは40~60万円貰っていたの。

彼女の親はおそらく学校(私立)にも相当寄付金をよこしていたんじゃないかしらね。

だって、リッチ子先輩は多少の校則違反をしても、厳しいはずの風紀の先生に全く咎められることもなかったもの。

かたやただの会社員の娘の私は、ちょっとしたことでも、すぐに怒鳴りつけられていたのに。

「スカートの丈が規定より3mm短い!」 「コートの色が黒みかかっているぞ!学校指定は紺色のコートだ!」だの!


別に都内に限らず、バブル期の都会の私立学校には、"社長"の娘がごろごろいたんじゃないかと思うわ。

もちろん大半は零細、中小企業の社長の娘だったけど、それでもみんな裕福そうだったなあ。今の零細企業とは景気が全然違ったから。

だから一般サラリーマン家庭の娘たちとは、いろいろな面でどえらく差があったの、特に毎月の小遣い金額が!


例えば二年生参加者、製紙子先輩の父親は東京とタイに、それぞれ小さな工場を持っていたの。

とある大手百貨店の包装紙や紙箱の生産を一気に引き受けており、やはり羽振りがよかったのよ。

製紙子先輩の家に遊びに行くと、これから銀座にぶらぶら遊びに行く、という毛皮姿の先輩お母さんが、私たちのために必ずお寿司の出前をとってから家を出てタクシーで去って行っていたわ。

かたや、我が家では友達がうちに遊びにきても、せいぜいヨックモックしか出てこなかったなぁ。


「いくら持ってきたかって? ええと、私は40万円だけの分のトラベラーズチェック」

そう言ったのは、その製紙子先輩。すると他の先輩は

「え、私なんてたったの30万円だよ!」

「うちはお母さんにバッグのショッピングを頼まれているから、百万」

などなどみんな口々に言い合ったわ。

「...」

でも私は10万円しか持っていなかった。十分過ぎるほどだと思っていたけど、ドキドキしてきたわ。

「10万円で大丈夫なのだろうか」。

よくよく考えれば、田舎でホームステイするのがメインで、あとはロンドンとパリの滞在費も観光費もプログラムに含まれているわよね。なので例え小遣いが0円でも本来なら問題ないのだけど。



アンカレッジ空港のどの免税店にも日本人の店員が必ずいたわ。その日本人店員さんたちも、私たちのグループをみて

「高校生!?高校生が海外に!? 日本はどんどん豊かになっているのね」

とやはりとても驚いていたの。この時はちょうど私立高校の海外修学旅行ブームがくる直前ぐらいだったものね。

あ、今のところ、成田を旅立ってから英語は全く喋っていないわ! 


さて、あと数時間で憧れのイギリスに到着! 

ええとお金を暗記しておかなくっちゃ。でもどの紙幣もエリザベス女王ばかりでワンパターンね。

ああ、ホームステイの家はどんな感じなのかしら。

デュランデュランのジョン・テイラーのような美青年がいたりして。でも『エリーDoing!』のテニス部エース君のように、日本まで追いかけて来たらどうしよう。妄想が止まらない! wwww


つづく










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