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マリーはなぜ泣く⑤~がんばれいぼやーるー~

前回のあらすじ:大学生でありながら、売れないバンドマンと地方局の深夜ラジオパーソナリティという三足のわらじを履く主人公「俺」は就職活動をサボっていた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

 四回生の夏、大小籠包の二人に呼び出されて喫茶店で会った。三人ともアイスコーヒーを注文した。二人の間に、妙に改まった空気を感じた。それを崩したいと思ったのか、やせっぽっちの小籠包がアイスコーヒーを「冷コ」と呼ぶのを、デブの大籠包がちゃかした。

「おまえそうやって、『俺は関西人ですよ』みたいな我だすのやめろや。本当は岐阜出身のくせに」

「うるさいな。俺の親父とお袋は大阪で出会ってん。俺は大阪で仕込まれた子やから関西人や」
「それやったらハネムーンベイビーはみんなハワイ人ってことになってまうやろ」
「ハワイ人ってなんやねん!? そんな言い方せえへんやろ。ハワイもアメリカやろ」
「そんなこというたかって、関西も日本やのに関西人いうやないか」
「うるさいわ。デカい体して細かいこと気にすんな。そもそもハネムーンで、みんなハワイって考え方が古すぎるやろ」

 俺は笑いながら見ていたが、ふたりのやり取りに、やはり自然体ではない、浮き足だったものを感じた。

「哲平くんは、大学卒業したあとの進路は決まったん?」大籠包が話題を変え俺に話を振った。
「それが、まったく何にも決まってないんだ――」俺はありのまま、自分の近状と心情を説明した。すると、大籠包は身を乗り出し、

「哲平くん。まるもと入らへんか!?」

 と言った。彼の顔に流れる汗は、冷コのグラスに付いた水滴を連想させた。この時、俺は初めて、人の瞳に映る自分の姿を見た。

 大小籠包は年内で解散するらしい。理由は小籠包が、「普通の男の子に戻る」とアイドルじみた言い方で説明した。愛媛で知り合った女と結婚することに決めたそうだ。三十をふたつほど過ぎたこのタイミングで、結婚を機に生き方を変えないと、「あとの人生は泥沼だ」とも言った。

 辞めていく人間が泥沼と言う世界に俺を誘うのもおかしいだろうと思ったが、彼らが言うには、大籠包の新しい相方には、俺が適任らしい。二人のネタには体格差を活かしたものが多かった。貧相な体格の俺は小籠包の後釜にピッタリだった。それと、これは気分を良くさせる為だったのかも知れないが、ラジオや、ステージでのトークや振る舞いから非凡なものを感じると大袈裟に褒めた。

 人前へ出て、喋って、聞いた人間が笑う。その時に得る高揚感は何度か経験していた。しかし、芸人になるということは、ミュージシャンでなくなるという気がして、俺を躊躇させた。

「なにも、芸人になるって考えんでもええねん。まるもとにはミュージシャンも俳優もスポーツ選手も、あとなんや、なんかよう分からん人も仰山おんねん。――哲平君も、フリーから一端の芸能事務所所属に変わるっていう以外は、今のままの生活を続けたらいい。ただ、時々、漫才やコントをやってくれたら」相手が大籠包でなければ、まるで胡散臭いビジネスに勧誘されているような気分になっただろう。

「ミュージシャンやら俳優やら言っても、俺はまるもとの所属なんか芸人しか聞いたことないで。それに、大学を卒業させてもらって芸人になるいうのは、フリーターになるのと同じで親不孝に変わりはないやないか。なんの解決にもならんわ」俺の言葉に、大籠包はそれまでと比べて、落ち着いたトーンで、

「ミュージシャンでも芸人でも、売れたら親孝行。売れへんかったら親不孝や」と言った。俺はバカなので、その言葉を、「かっこいい」と思った。

「室戸ゆうやも、まるもとやで」横から、九十年代の大物音楽プロデューサーを引き合いに出し、口を挟んだ小籠包に対して俺は、

「室戸ゆうやなんかミュージシャンじゃねえ」と悪態を吐いた。


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