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マリーはなぜ泣く⑧~Who Would've Thought ~

前回のあらすじ:大学卒業間際に無事芸能プロダクション所属の芸人となった主人公に対し、相方の大籠包は大阪の街を案内しながら、「この街で暮らせるか」と問いかけた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

 愛媛を去る日は意外と早く来た。その年の冬には、新しい芸人が派遣されてきた。このまま愛媛に残ってローカルな活動を続けることも出来たが、大籠包からしてみたら大阪へ戻る。俺からすれば大阪に出ることにした。

 十歳も上だという責任感からか、大籠包は引越しにあたってなにかと世話を焼いてくれた。彼が一緒に探してくれた家を借り、彼が紹介してくれた派遣の会社でバイトした。

 芸人としての滑り出しは、順調な方だった。愛媛で初めて舞台を踏んだときも、大阪での一発目のステージも、めちゃくちゃに緊張はしたが、上手くやりきった。どこでやってもそれなりにウケた。大小様々なコンテストにも意欲的に出場し、強力なライバルがいない大会では上位の成績をおさめた。

 しかし、そこで足踏みした。俺たちは二軍ではエース格だが、一軍に上がるための壁を越えられないような状態が続いた。
 大籠包の作るネタは、見た目に似合わず緻密で面白かったし、二人とも発声や間の取り方も上手いと褒められた。しかし、それだけでは足りなくて、さらになにか爆発的なものが必要なんだろうなと思った。

 バンドの方はからっきしダメだった。伊東さんの言ったように、いいミュージシャンはいっぱい居た。演奏が上手いヤツとも、良く出来た曲を作るヤツともバンドを組んだ。プロとアマの境目が分からないぐらい、みんなレベルが高かった。けれど、どういう分けか、手応えのある曲も、面白いライブも出来なかった。音楽もやはり、技術や経験ではない、特別な才能がなければ、ただの上手いヤツにしかなれない世界だと思った。

 大阪での生活に慣れると、閉塞感にとらわれることが多くなった。風は帆を張った船を、大阪まで運んだところで止んだ。そんな気がした。

 待っていればその内また風が吹くなんて、都合のいいことはおこらないと思い、現状を打破するために自分でも曲とネタを作ってみた。考えてみれば、俺は今まで伊東さんにしろ大籠包にしろ、人の才能に寄りかかってばかりだった。

 簡単ではない産みの苦しみがあったが、出来上がったものは自分でも大したことないと分かる程度のものだった。
 一応ネタは大籠包にも見せてみた。「良く出来てるやん」と褒めてくれ、舞台でもやったが、そこに壁を破るほどの爆発的なものがないのは明白だった。

 まがりなりにも、ひとりの人間が生きていくために根詰めてやるバイトと、漫才とバンドをこなし、周りには芸人とミュージシャンという、なにかあればすぐに酒を飲みたがる人種に囲まれた日々は忙しくて、あっという間に大阪での時間は過ぎた。



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